九州大学,中国大連理工大学,高輝度光科学研究センター,熊本大学,九州工業大学,大阪大学,東北大学の研究グループは共同で,これまでに人工的に合成されたなかて,最も巨大な分子磁石となるカゴ状磁性ナノクラスター分子を開発することに成功するとともに,大型放射光施設SPring-8のX線装置と東北大学の強磁場実験施設を用いて,その複雑な分子構造と電子状態を解明した(ニュースリリース)。
今回,分子の構造やFeイオン間の磁気的相互作用を精密に設計し,様々な合成条件を検討することで,原子磁石が互いに打ち消しあわず巨大な磁石となるFe42核ナノクラスター分子を創成することに成功した。このナノクラスター分子は,磁性をもつ18個のFe原子(3価,高スピン状態)と24個の非磁性のFe原子(2価,低スピン状態)の計42個のFe原子を最適な配置に組み合わせることて,全体として磁石の向きが揃う特性を示す。
その形状は,Fe原子間がシアノ基で架橋され,星形多面体の頂点に3価のFeが位置し,直径1.5㎚の球状の中空構造をとる。温度2Kでの磁化曲線の測定では,3価のFe原子同士が強磁性的に相互作用することで,磁石の大きさが90ボーアをとることが明らかとなった。
この値は,これまでに報告されている1分子が持つことのできる磁石の大きさの世界最高値す。磁気の元となる原子磁石の大きさは,自然界で最も大きな希土類元素でも10ボーアに留まる。今回,希土類や貴金属のような希少で高価な物質ではなく,地球にありふれて存在する,炭素,窒素,酸素,鉄などで構成された分子を用いて希土類原子の9倍という大きさの巨大な分子磁石の合成に成功し,世界記録を樹立した。
開発した巨大磁石特性を示すナノクラスター分子は,従来のサイズが不均一な磁性ナノ粒子とは異なり,大きさと構造が完全に均一な物質。このような完全に均一な磁性ナノクラスター分子は,高密度記録材料などへの応用に適している。分子サイズの巨大磁石が実現すれば,従来の常識を越える高密度の磁気記録や分子特有の性質を利用した超高速な計算機などの開発が可能になり,分子レベルのチップを集積した分子エレクトロニクスの実現に繋がると期待されている。
また分子からなる磁性体は,設計性に優れているために,今後,今回の経験を生かして,異種金属や,より大きな金属原子数からなる多様な磁性ナノクラスター分子の開発が可能となる。さらに,今回開発した分子は,ナノメートルサイズの中空のカゴ状構造をもっており,毒性の少ないFe原子を主成分としているため,磁場を用いて体の任意の場所に薬剤を運ぶドラッグデリバリーシステムへの応用も期待されるといいう。
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