JAXAら,太陽風の加速の謎を解明

JAXA宇宙科学研究所と東京大学,名古屋大学,京都大学らの研究者らは,金星探査機「あかつき」を用いた電波観測などによって,太陽の近くから太陽半径の約20倍離れた場所までの太陽風を調べ,太陽半径の5倍程度離れた距離から太陽風が急激に速度を増していることを突き止めた。また,太陽から離れた場所での太陽風の加速には,太陽風の中を伝わる波をエネルギー源とする加熱が関わっていることも明らかにした(ニュースリリース)。

約6000度の太陽表面のまわりには温度が100万度にも達する高温のプラズマ(コロナ)が広がっている。この高温のために外向きに働く圧力がプラズマを押し出して太陽風を作り出していると考えられている。しかし,どのようにしてガスがこれほどの高温まで加熱されるのかは長年,太陽物理学の大問題の一つとして議論が続いている。

地球軌道での太陽風の速度は400〜800km/s(時速150万~300万km)に達するが,この速度まで太陽風が加速されるためには,コロナ下部の加熱だけでは足りない。太陽半径の数倍から10倍程度という太陽表面から離れたところでもガスが加熱され,高温が保たれる必要がある。しかし,探査機が近づいて観測するには温度が高すぎ,望遠鏡で調べるにはプラズマが薄くて暗すぎるため,太陽から離れた領域でどのようにガスが加熱されているのか,そのメカニズムを探る手がかりはほとんどなかった。

研究グループは,2011年6月に「あかつき」が地球から見て太陽のほぼ反対側を通過することに気付いた。太陽風の中にはプラズマの細かな濃淡があり,これが太陽風に流されて電波の経路を横切ると,地上で受信する電波の強度が星のまたたきのように揺らぐ。この揺らぎのパターン(スペクトル)を分析すると太陽風の速度がわかる。また,受信電波の周波数も同時に揺らいでいて,これを分析するとプラズマの濃淡の空間構造がわかり,音波などプラズマ中を伝搬する圧縮性の波動を検出することができる。

研究グループは2011年6月6日から7月8日にかけて断続的に16回の観測を行ない,さらに,太陽表面の活動を把握するために「ひので」衛星による観測も同時に行なった。その結果,閉じたループ状の磁場が卓越する領域(静穏領域)の上空の太陽風の中を「あかつき」からの電波が通過していたこと,ジェットやフレアといった目立ったイベントは起こらなかったことがわかった。

一連の観測によって,以下のことが明らかになった。
1. 太陽風の速度が太陽の近くでは30〜60km/s(時速10〜20万km)とかなり遅いこと
2. 太陽半径の5倍程度の距離から急激に加速して400km/s(時速150万km)に達すること
3. 太陽風の中に低周波の音波(周期1分〜数十分)と思われる周期的な密度変動があること
4. この音波のエネルギーが太陽半径の5〜10倍という距離において最大となること
5. 音波の振幅はかなり大きく,高いエネルギーを持っていること

観測結果を合わせると,(1)太陽表面で作られたアルベーン波(プラズマ中で磁力線の振動として伝わる波動)が太陽から遠く離れたところで不安定となる,(2)その結果生じた音波が衝撃波を生成,(3)生成した衝撃波がプラズマを加熱し,太陽風を加速,というシナリオが導かれる。このシナリオは近年の数値シミュレーションに基づく予想とも良く合っている。つまり,「あかつき」がとらえた音波は,まさにコロナ加熱の現場を映すものと考えられるという。

今回の研究の特色は以下の通り。
1. 周波数が極めて安定(0.01Hzの精度)した電波源を利用
2. 「ひので」衛星との同時観測
3. 1ヶ月という長期観測で太陽近くから太陽半径20倍程度の距離まで観測
4. コロナの濃いプラズマによる強い電波散乱に適した新たな解析手法の導入

研究グループは今後,コロナホールでの新たな観測や,電波の偏光計測によるアルベーン波の観測との組み合わせなどによって,波動から太陽風へのエネルギー変換過程についてさらに理解が進むと期待している。

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