原研ら,レーザ加工時の金属の溶融・凝固の様子の観察に成功

日本原子力研究開発機構(原研)と大阪大学の研究グループは,レーザにより金属材料を溶接する際に,レーザが当たった部分が一旦溶けて再び固化する様子や,その時の溶けた部分の内部の流れを,大型放射光施設SPring-8の極めて強い単色X線により,「その場観察」することに初めて成功した(ニュースリリース)。

原子炉容器などの溶接構造物の設計・施工では,溶接に伴う強度低下などを的確に防止することが求められる。この強度低下の主要因としては,欠陥の生成や引張り型の残留応力の発生がある。このためまずは,レーザ照射により固体金属が加熱し,溶けた後,固まってゆく一連の時間的な変化を定量的に把握することが求められる。

「その場観察」は,欠陥が生成する様子や,空間的な温度分布に影響を与える溶けた領域内部の流れの把握を可能とする。この温度分布が,引張り型残留応力を発生させる主要因であるため,流れの把握は,結果として残留応力の定量評価にも繋がる。しかしながら従来では,このような流れの観察を可能にする実験環境や数値シミュレーションを行う環境が十分に整っていなかったため,それを実現することができなかった。

今回研究グループは,SPring-8放射光X線による高精度な「その場観察」と計算科学による数値シミュレーション技術を併用することにより,レーザ照射による溶けた金属領域の拡大と収縮の時間的な変化と,溶けた領域内部の流れを把握した上で,適切な残留応力を付与するための技術を確立しようとした。

研究は,大型放射光施設SPring-8の原子力機構専用ビームラインBL22XUにレーザ装置を持ち込んで行なった。高輝度単色性により特徴づけられるSPring-8単色放射光X線は,材料に対する透過性が非常に優れている上に,材料のわずかな重さの差が画像にくっきりと反映される優れた特徴を有している。

このX線をアルミニウム合金の表面に直径0.05mmの炭化タンタル粒子を配置した材料の上部より照射し,透過したX線をCCDカメラで捉えることにより,材料を破壊することなく内部の様子を時々刻々見ることができる(イメージング法)。実験ではこの技術を利用し,レーザの照射により溶けて液体化したアルミニウム合金の領域と固体アルミニウム合金の領域の僅かな密度差(~8 %)から,溶けた領域と固体領域の界面(固液界面)の時間変化を0.02秒,空間変化を0.04mmの精度で観測することに成功した。

他方,炭化タンタルは融点が高いために,アルミニウム合金が溶ける状況でも粒子のまま残る。しかも密度がアルミニウム合金に比べてはるかに大きいため,X線が透過しにくく,影絵としてその位置を観察することができる。

これによって,レーザ照射中この炭化タンタル粒子の動きを時々刻々追跡することにより,溶けたアルミニウム合金内部での対流の様子を「その場観察」することに成功した。これら固液界面の時間変化と溶けたアルミニウム合金内部の対流の様子の同時かつ高精度な「その場観察」は,研究グループが世界に先駆けて達成したもの。

更に,レーザ溶接プロセスに影響を及ぼす様々な物理現象を定量的に理解できるようにするため,計算科学シミュレーションコード「SPLICE」を新たに開発。このSPLICEコードは,レーザ光が材料に照射され,固体材料が溶けて液体になり,再び固まるまでの一連の物理現象を多階層スケールモデルなどを利用して一気通貫で取扱うもので,これにより様々なスケールの物理現象が複雑に絡み合うレーザ溶接プロセスを精度良く評価することを初めて可能にした。

研究グループでは,今回の成果により,溶接時に溶けて液体化した金属部分が周辺部分から受ける影響を正しく把握できるようになり,レーザ溶接の大幅な品質向上が期待されるとしている。また,溶接機器の革新的な生産・製造技術の確立を目的とする「高付加価値設計・製造を実現するレーザコーティング技術の研究開発」が,内閣府が推進するSIPプログラム「革新的設計生産技術」に採択され,この中で本研究成果を積極的に活用してゆくとしている。

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