広島大学大学,千葉大学,東京女子医科大学,がん研究会がん化学療法センター,鳥取大学,慶應義塾大学等は共同研究により,ヒト遺伝病であり早く老化が進む病気ウェルナー症候群の患者の細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立することに成功した(ニュースリリース)。
研究グループは山中4因子をウェルナー症候群患者線維芽細胞に導入し,iPS細胞を樹立することに成功した。樹立されたiPS細胞は2年以上にわたって継代を繰り返しても,正常なiPS 細胞と同様に未分化性と多能性を維持しており,患者線維芽細胞の短い分裂寿命を完全に克服していた。
患者線維芽細胞はWRNヘリカーゼタンパク質の異常によるテロメアの機能不全が原因で,分裂寿命の短縮が引き起こされる。一方,iPS細胞では,線維芽細胞では発現していないテロメア延長酵素(テロメラーゼ)の働きにより,WRNヘリカーゼタンパク質の異常によるテロメアの機能不全が抑制された結果,分裂寿命の回復につながったものと考えられるという。
そして,ウェルナー症候群の細胞では細胞周期抑制因子であるp21やp16,そしてSASPとして知られるサイトカインや細胞外マトリクス分解酵素などの老化関連遺伝子の発現上昇が継代早期から見られるが,ウェルナー症候群iPS細胞ではこれらの老化関連遺伝子の発現が正常iPS細胞と同程度に抑制されていたことから,老化が進んだ細胞からの若返りに成功した。
さらに患者線維芽細胞では,テロメアの機能不全による染色体異常(転座,逆位,欠失)が高頻度で見られるが,ウェルナー症候群iPS細胞では120回以上継代を繰り返しても,そのような異常が高頻度に出現することはなかった。
治療薬のスクリーニングや細胞を用いた治療には,患者の患部の細胞が必要とされているが,患者から直接提供可能な細胞としては,通常血液細胞や皮膚の線維芽細胞に制限される。この研究成果から患者のiPS細胞を用いて,ウェルナー症候群の症状である糖尿病や動脈硬化などを引き起こすさまざまな患部の細胞,例として脾臓細胞、血管内皮細胞や血管平滑筋細胞などを作り出すことが可能となり,治療薬のスクリーニン
グや移植治療への利用,さらに老化の機序の解明が期待される。
さらに,現在進歩が著しいゲノム編集技術を応用すれば,患者iPS細胞に残っているWRN遺伝子の突然変異を修復することも可能で,患者iPS 細胞から正常なiPS細胞を作り出して再生医療に応用することも夢ではないとしている。
関連記事「京大,ヒトiPS細胞から血管細胞を含む心臓組織シートの構築に成功」「コーセー,iPS細胞による肌の若返りの可能性を確認」「アークレイと京大,ヒトiPS細胞を1個から培養可能な装置を開発」「筑波大,iPS細胞誘導の中間体の作製に成功」「理研,自家iPS細胞由来網膜色素上皮シートの移植をヒトに実施」