産総研,圧力により室温で磁性材料に熱変化を発生させる技術を開発

産業技術総合研究所(産総研)と東北大学,名古屋大学らは,反強磁性体と呼ばれる外部に磁力を出さない磁性材料を用いて,圧力により磁性を制御して室温で吸熱・放熱を制御する技術を開発した(ニュースリリース)。さらに反強磁性に固有の性質が熱変化を増大することを発見した。

これまでの冷凍技術では,室内(庫内)で冷媒が蒸発する際に気化熱を吸収し,室外(庫外)で気体の冷媒をコンプレッサーで圧縮して液体に戻す際に液化熱を放出する現象を用いてきた。このとき冷媒として用いられるフロン類ガスの環境負荷が問題となっているが,フロン類に替わる気体冷媒の開発は,効率や安全性を含めて容易でないため,気体を用いない固体冷凍技術が注目されている。

特に磁性体の磁場による熱変化を応用した磁気冷凍は,気体冷媒が不要なだけでなく冷凍効率も高いと予想されるため実用化が期待されている。従来,外部に磁気を発する強磁性体を磁場で制御する方式が研究されてきたが,室温で冷凍に利用できるのは,室温付近で1次相転移を示す磁性体だけであり,このような条件を満たす物質は限られているため,材料探索の広がりには限界があった。

Mn3GaN(窒化マンガン・ガリウム)のネール温度という転移温度は室温付近(17℃)にあり,この温度を境に低温相の反強磁性体から磁気が消失した高温相の常磁性体に変化する。この変化は,磁気モーメントと呼ばれる原子磁石のNS極が整列した状態からランダムな状態への移り変わりで,1次相転移という急激な変化。この際,状態の乱雑さを表すエントロピーが不連続に変化し,試料全体では潜熱と呼ばれる自発的な熱変化(水の気化熱に相当)が現れる。

反強磁性体では,隣同士の原子磁石のNS極が反平行に整列しているため外部には磁気が現れず,平行に整列した強磁性体(磁石材料)のように磁場により磁性を制御することができないが,1次相転移による潜熱の発生は磁気熱量材料としては大きな魅力となる。

そこで研究グループは,磁場以外に磁性を制御する方法として圧力に注目した。これまで,室温付近で反強磁性体の1次相転移による圧力熱量効果を観測した例はなかったが,今回,反強磁性状態のMn3GaNに小型油圧機器で発生可能な100MPa(1000気圧)程度の圧力をかけたところ,常磁性体に変化し実際に大きな吸熱(試料1キログラムあたり6キロジュール),すなわち冷熱の発生が確認された。

また,Mn3GaNでは反強磁性体の特徴である磁気構造と原子構造の不整合:フラストレーションが生じるが,これが相転移に伴う吸熱・放熱の発生量を増幅していることを発見した。フラストレーションは強磁性体では生じないため,反強磁性体の圧力熱量効果がフラストレーションによって増幅されて発現する現象は,今後の磁気熱量材料開発の対象を大きく拡大させることにつながると期待される。

研究グループでは今後,圧力熱量効果を効果的に利用できるデバイスのデザインを構築していく。特に,環境にやさしい磁気冷凍に応用する際,精密電子機器に隣接した用途など磁場以外の利用が好ましい場合に対応できるように,強磁性磁気冷凍と相補的な利用を検討していくとしている。

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