信州大ら,100億光年彼方にあるガス構造の立体視に成功

信州大学,奈良高専,東京大学,英国ダラム大学の研究者による研究グループは,およそ100億光年彼方にあるクェーサー(銀河中心核)の観測データが,この天体を2つの別の角度から見込んだ情報を含んでいることを確認した(ニュースリリース)。この可能性(すなわち遠方天体の立体視)については,昨年,同研究グループの観測によってすでに指摘されていたが,今年行われたすばる望遠鏡による追観測によって,最終的な結論が下された。

遠方銀河の一部は,その中心に銀河全体の100倍以上もの光度を放つ中心核(クェーサー)をもつものがあり,そこからは大量のガスが吹き出している。このガス流(アウトフロー)は遠方まで届き,周囲の宇宙空間や銀河の進化に大きな影響を与える。アウトフロー自体は光を出さないが,クェーサー中心部からやってくる光を部分的に吸収するため,「影絵」のような原理(分光)を使って検出することができる。しかしこの手法では,アウトフローを特定の方向からしか調べることができないため,その内部構造は長らく謎に包まれてきた。

そこで研究グループは,すばる望遠鏡を使って,約100億光年かなたにあり,知られている中で最大の「重力レンズ効果」を受けているクェーサーSDSS J1029+2623を観測した。このクェーサーの手前,約50億光年かなたにある銀河団の影響で,クェーサーからの光は最大離角22.5秒角をもつ3つのレンズ像A,B,Cとして地球に届く。研究グループは,各レンズ像が,アウトフローを別の方向から見た情報を持つ可能性があることに注目した。

2010年2月に行なった観測の結果,レンズ像AおよびBにみられる影絵の形の一部が明らかに異なることが分かった。これはアウトフローを違う角度から観測した証拠になる。わずか22.5秒角の角度差にもかかわらず,違いが確認できたことは,アウトフローの内部は一様ではなく,うろこ雲のような小さな塊(あるいはガスの濃淡)が集まったものである可能性を示唆している。

しかし,レンズ像AとBはたどる経路が異なるため,ある時間差をもって地球に到達する。この場合,たとえ2つのレンズ像がアウトフローの同じ場所を通過していたとしても,その内部の構造が時間とともに変化していれば今回のような結果が再現できてしまう。つまり,影絵の違いは「角度の違い」ではなく,「時間の違い」である可能性もある。

レンズ像Aの光は,レンズ像Bの光よりおよそ744日はやく地球に届くことが知られている。そこで,前回の観測から744日以上の間隔をあけて追観測をして,レンズ像AとBの影絵の形を再び比較してみて,いずれの影絵も大きく変化していれば「時間の違い」である可能性が濃厚となる。一方,前回のものから大きく変化していなければ「角度の違い」であると結論付けることが出来る。

研究グループは,2014年4月(前回の観測から1514日後)に追観測を行なった。その結果,レンズ像AとBにみられる影絵の形はいずれもほとんど変化しておらず,両者にみられる違いは2014年の観測データにも残されていることが分かった。この結果は,上記の「時間の違い」という解釈を否定するもの。このようにして,アウトフローを複数の角度から観測していること,そしてアウトフローの内部は非常に複雑であることを確認した。

ところでレンズ像AとBの影絵の形は,一部を除けばよく似ている。また,違いがみられる部分については,レンズ像Aの吸収のほうが強くなっていることが分かる。これらの結果は,アウトフローを構成している小さな塊状のガスのうち,一部はレンズ像Aの視線上にしか乗っていないけれども,他の大多数は両方の視線にまたがるように分布していると考えることで説明できる。このようにアウトフロー内部の具体的な構造を確認できたのは今回が初めて。

また,ふたつのレンズ像の影絵は,全体の形状をほぼ維持しつつも,その吸収の深さがわずかに浅くなっていることも分かった。時間変動が見られたことは,注目している影絵は,クェーサーのはるか手前にある銀河や銀河間物質ではなく,アウトフローに起源を持っている証拠。また,この変動の原因が「電子の再結合」とよばれる現象である場合は,①アウトフローのガス密度は1立方センチメートルあたり約1万個以上 ,②アウトフローガスの光源からの距離はおよそ2,000光年以下,というふたつの制限を加えることができる。

今回の観測結果から,直ちにアウトフロー内部のガス塊(あるいは濃淡)のサイズを計算することは困難。しかし22.5秒角という,ごくわずかな角度差でも違いがみられたという事実は,ガス塊に対してその大きさが「光源からの距離の1万分の1程度以下でなければならない」という制限を課すことになる。もし「電子の再結合」から予想される距離を採用すれば,ガス塊のサイズの上限は0.2光年程度となる。

近年,アウトフロー内部にあるガス塊のサイズは,高々,1千~1万分の一光年程度であるとする研究結果もある。もしこれが事実であれば,もっと小さな離角をもつレンズクェーサーに対しても,今回の研究と同じような観測が出来る可能性がある。

研究グループでは今後,同様の観測を,(銀河団ではなく)単独の銀河によって引き起こされているレンズクェーサーに対しても行なうとしている。このようなレンズクェーサーは,レンズ像間の離角が一ケタ程度小さいものの,現在までに100天体以上発見されている。これらの天体に対しても立体視が確認できれば,アウトフロー内部のガス塊のサイズの上限値を一桁下げることができる。

さらに,その豊富なサンプル数を活かして,他の性質(例えばクェーサーの明るさ,アウトフローの放出速度など)との関係を調べることも可能になる。これらの結果をもとに,いずれはアウトフローの全貌解明につなげたいとしている。

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