高エネルギー加速器研究機構(KEK),理化学研究所,加TRIUMF国立素粒子原子核研究所などの研究者で構成される実験グループは,素粒子の1つであるミュオンの電子との束縛状態であるミュオニウムの,真空中への大量生成を室温で可能にする技術の共同開発に成功した(ニュースリリース)。
ミュオニウムは反・素粒子の一種である正ミュオンと電子が電磁力で結びついた複合粒子で,陽子と電子が電磁力で結びついた水素原子に似ている。室温で生成されたミュオニウムは殆ど静止状態で作られる。
そのミュオニウムから電子を剥ぎ取って得られる超低速ミュオンを速やかに加速することで,いつまでも拡がらない,極めて指向性がよいミュオンビームができる。このビームにより,ミュオンの異常磁気能率(g-2)および電気双極子能率(EDM)という素粒子ミュオンの基本的性質を超精密に測定することができる。また一方では,このビームは物質中の狙った位置に精度よく止めることも可能で,ミュオンスピンの磁気感受性を利用して,物質内磁場を精密に観測することもできる(ミュオン顕微鏡)。
とくにg−2は2004年に発表された実験結果が素粒子の標準模型より3標準偏差以上大きいことが報告され,新しい物理法則の兆候と解釈する論文も多く発表されたため,全く違う方法で行なう超精密実験の実現が待たれている。またEDMについては,ゼロで無ければ時間反転対称性が破れていることを意味するが,それは素粒子の世界の定理によると粒子・反粒子の対称性(CP対称性)を破ることになるため,Belle実験で証明された小林・益川理論だけでは説明できない新たなCP対称性の破れを検証する実験として注目されている。
しかしながら,極めて指向性がよいミュオンビームは,ミュオニウムから電子を剥ぎ取るという煩雑なステップを経ないと得られないため,精度の高い実験を行なうために十分な量が簡単に得られない点が懸念されていた。
今回開発した技術は,形状が安定したシリカエアロゲルにレーザ穴加工を施すことにより,室温の熱エネルギーを持つミュオニウム,すなわち室温ミュオニウムの収量を,既存の技術で生成できる量の約10倍に増加させるもの。
今回の研究成果により,大量のミュオニウムが生成可能になり,ミュオニウムから作られる超低速ミュオンの強度がJ-PARCで計画中のミュオンg-2およびEDMの精密測定に必要なレベルに近づいた。
g-2およびEDMの精密な測定は「標準理論の綻び」の検証につながるため,研究グループは今回の成果について,標準理論を超える「新しい物理現象」を発見できる道を切り開き,かつミュオン顕微鏡の性能向上を通じて物質・生命科学を一段と前進させるものと期待している。
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