東北大,量子雑音暗号のデジタルコヒーレント通信による伝送に成功

東北大学の研究グループは,QAM(Quadrature Amplitude Modulation:直交振幅変調)による多値デジタルコヒーレント光伝送方式に量子雑音を付加し,伝送信号をその雑音の中に隠すことにより,高速・大容量の強力な新たな量子暗号伝送に初めて成功した(ニュースリリース)。

これまで,量子鍵を用いた使い捨て鍵暗号(One time pad 暗号)が絶対に解けない完全秘匿暗号として提案されているが,元の通信文と同じ長さの使い捨ての共通鍵を受信者に配送する必要があるため,量子暗号の速度が鍵配送の速度(数100kb/s)で制限されてしまうことと,伝送距離を伸ばそうとすると通信速度が落ちる問題があった。

これに対し,光の量子雑音を利用した量子ストリーム暗号(QSC: Quantum Stream Cipher,別名:Y00)は,共通鍵を元に生成した擬似乱数を用いて光信号の位相あるいは振幅を多値変調する。そしてそのデータ信号を光の量子揺らぎの中に埋め込むことにより,盗聴者が光信号を正確に受信出来なくしている。

変調の多値度を大きくして変調される信号の強度差もしくは位相差を狭めることにより,伝送時に付与される量子雑音がその差より大きくなるように設定してデータを雑音に埋もれさせ,極めて高い安全性を実現している。

QSCは,単一光子のような微弱な光ではなく通常の光通信に用いるレーザ光が使えるので,高速・長距離伝送が可能であり,既存の光通信システムと極めて高い親和性を有している。既に10Gb/sで数100kmの伝送が報告されているが,この方式では多値変調は用いるものの,1回の変調において伝送できる信号はその方式上1ビットだった。

一方,次世代の光通信方式として,QAM(Quadrature Amplitude Modulation)に代表されるように,振幅および位相を多値で変調することにより,1つの信号(シンボル)に多ビットの情報を乗せるデジタルコヒーレント伝送技術が注目されている。QAM 方式では,光電界の位相と振幅に同時に情報を載せることができ,東北大学では2048 値のコヒーレント伝送実験にも成功している。

研究グループは今回,QAM方式のプロトコルをQSCに新たに導入することにより,伝送容量の増大と同時に安全性も著しく増強できる画期的な量子暗号方式により,10Gb/s の16値QAM暗号を150km伝送する事に世界で初めて成功した。そして,暗号としての秘匿性が従来の量子ストリーム暗号に比べて二乗倍強いことを実証した。

従来のQSC方式では,振幅もしくは位相のみの暗号化で,両者に同時に暗号化は出来なかった。言わば1次元の暗号と言える。研究グループは,位相と振幅の両方を同時に独立に暗号化することにより,いわばQSC方式に二重鍵の機能をもたせ安全性を高める方法を新たに提案した。振幅と位相へ乗せた暗号の強度は独立にかつ同程度に高いので,両者の積で与えられる全体の暗号強度は二乗倍になる。

さらに,伝送速度も大幅に高速化される。従来の量子ストリーム暗号は1多値変調に付き1ビットの情報しか送れなかった。一方,QAM方式では,従来のように1 ビットずつ暗号化するのではなく,1 シンボル(データ)につき複数ビット即ち多ビットを暗号化している。これによってビットレートが大幅に高速化できる。

研究グループは,開発した暗号方式の性能を実証するために,QAM型QSC暗号化装置を開発し,10Gb/s,160kmの伝送実験を行なった。実験では 16 QAM 信号を2.5 Gsymbol/sの速度で生成し,単一チャネルで2.5 x 4=10Gb/sのビットレートを実現している。16QAMはI,Qがそれぞれ4値の振幅で定義されるが,暗号化に際し振幅と振幅の間をさらに 64 分割(合計で 256 分割)している。

これを160km伝送させて受信すると,信号は雑音に埋もれてしまい,鍵を知らない盗聴者にはランダムに見える。一方,正規受信者は鍵を使って雑音に左右されずデータを正しく受信できる。測定の結果,盗聴者は 1 つのシンボル(データ)につき99.5%の確率で受信に失敗するが,正規受信者は全く誤り無く受信できることが示された。さらに研究グループは,単一チャネルで40Gb/s-480kmの伝送にも成功している。

また研究グループは通常のQAM伝送において2048値までの超多値化を図り,66Gb/sで150 kmの伝送を実現している。例えば信号の生成速度を10Gsymbol/sに高速化し,QAM の多値度を32以上にし,さらに偏波多重を用いれば,容易に100 Gbit/s-150 kmを超える伝送が可能になる。更にWDMと組み合わせればテラビット領域も実現できる。

QAMは近い将来長距離・大容量光ネットワークに導入されると予想されており,QAM 型QSC はその高い親和性から,サイバー攻撃に耐え得るセキュア通信の実現に大きく貢献するものと研究グループは期待している。

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