東京大学は,動物の匂いセンサである「匂い受容体」を利用して,立体的に構築した細胞塊を気体状の匂い物質のセンサとして機能させることに成功した(ニュースリリース)。
自然界には数えきれないほどの揮発性有機化合物が存在し,動物は鼻を使ってそれらを匂いとして感じている。私たちは鼻を通して,食品の安全性やガス漏れ,火事などの危険な状況を感知することができ,匂いを感知する力がQOL(生活の質)の指標として注目されている。
また,匂いは動物の行動や生理に大きな影響を及ぼし,例えば蚊などの吸血性昆虫は動物の放出する匂いを頼りに吸血し,病気を伝染することが知られている。したがって,環境中に存在する匂い物質の測定は社会的側面だけでなく,公衆衛生の面からも非常に重要な技術となる。
動物の鼻には「匂い受容体」という匂い物質に対する化学センサが働いている。空気中の匂い物質は一旦「匂い受容体」の表面を覆う嗅粘液(鼻水)やリンパ液にとけ込み,その後「匂い受容体」と結合する。
イヌのように,動物の鼻は非常に優れた化学センサであるため「匂い受容体」を用いた匂いセンサの開発が盛んに行なわれてきた。しかし,「匂い受容体」は水中でなければ形が変化して機能しないため,これまで,水に溶かした揮発性有機化合物に対する反応しか測定することができなかった。
今回研究グループは「匂い受容体」をもったスフェロイドという細胞の微小な固まりを作製し,水分を保持したハイドロゲルで作製した微小容器の中にそれを配置した。その結果,実際の鼻のように「匂い受容体」の表面が薄い水の層で覆われ,そこに溶け込んだ気体状の匂い物質に対する反応を測定することに世界で初めて成功した。
細胞の固まりの作製には,光で固まるPDMSという樹脂を利用して,微細加工技術により直径0.1mmの小さな突起を持った鋳型を作製した。この鋳型にアガロースというハイドロゲルを流し込むことで小さな穴を持った「ハイドロゲルマイクロチェンバー」を作製した。レーザラマン顕微鏡を用いてマイクロチェンバーの中に含まれる物質を調べたところ,その内部で細胞の生存に必要な水が1時間以上維持できることがわかった。
さらにこの方法を用いて,マラリアを媒介するハマダラカが持っている2-メチルフェノールという匂いに対する匂い受容体の反応を測定したところ,この匂い受容体は緩衝液中に含まれた2-メチルフェノールには反応する一方で,気体状の2-メチルフェノールにはほとんど反応しなかった。
つまり生体と同じような匂いに対する反応を引き起こすためには,匂い物質と匂い受容体の結合を調節する嗅粘膜やリンパ液に含まれる成分が重要であることが初めて示された。
今後このような匂い受容体を利用したセンサの開発により,イヌの鼻のような超高感度検出システムが実現することが期待される。また,細胞集積技術が,細胞膜に存在する膜たんぱく質を利用した化学物質の検出に有効であり,今回の技術は匂い受容体だけでなく,さまざまなセンサたんぱく質に展開できることも期待できるとしている。
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