産総研,超低消費電力な磁気書き込みを実現する新技術を開発

産業技術総合研究所(産総研)は,高周波電圧をかけることによって,金属磁石材料の磁化の向きを反転させるために必要な磁界を小さくできる新しい技術(磁化反転アシスト技術)を開発した(ニュースリリース)。

磁気記録の分野において課題となっているのが,磁化の向きを変えるのに必要な磁界(反転磁界)を小さくするための技術開発。記録容量を増大させるためには磁石の体積を小さくすることが必須であるが,磁石を小さくすると磁化の向きを維持するための磁気的なエネルギーが低下し,場合によっては室温の熱エネルギーでも磁化の向きが反転してしまい,情報が失われる可能性がある。

これを防ぐために,磁化の向きを固定する“磁気異方性”が大きな磁石材料を用いて磁気エネルギーの山を高くする方策が取られているが,逆に情報の書き換えに必要な磁界(反転磁界)が大きくなりすぎて,書き換えられなくなるというジレンマに陥る。

産総研はこれまでに超薄膜金属磁石材料に高周波電圧をかけて磁気異方性を振動的に制御し,高周波磁界を加えた場合と同様の磁化の歳差運動を誘起する技術を開発している。電圧による歳差運動の誘起は本質的に電流を流す必要がないため,電流による誘起と比べて大幅な駆動電力の低減が期待される。しかし,これまでの研究では高周波電圧が小さく,磁化反転の挙動に対する影響は確認できなかった。今回,これまでよりも強い高周波電圧をかけて大きな歳差運動を引き起こし,反転磁界低減効果の原理実証を試みた。

垂直磁化型のトンネル磁気抵抗素子に実効値315 mVの高周波電圧をかけながらをかけながら,外部磁界により磁化フリー層の磁化を反転させて磁化反転の挙動を測定した。その結果,例えば5 GHzの電圧をかけながら測定した場合,+200 Oeから負方向へ磁界を掃引すると,約-120 Oeで磁化フリー層の磁化のみが下向きに反転し,素子抵抗が0から1へと変化する。逆に-200 Oeから正方向へ磁界を掃引すると,+40 Oeで再び超薄膜磁化フリー層の磁化が上向きに反転し,素子抵抗は1から0へと変化した。歳差運動が効率よく生じる1 GHz付近において,高周波電圧をかけない場合と比べて80%以上磁化反転磁界が低減した。

これまでのマイクロ波アシスト磁化反転では,数mA~数十mAの大きな電流を流す必要があったが,今回用いたトンネル磁気抵抗素子は,抵抗が大きいため素子を流れる電流は0.1 mA以下。そのため,電流による不要な電力消費を数十分の1以下に抑制しながらも磁化反転の促進が可能と分かった。高周波電圧をかけることで生じる磁化の歳差運動を利用した新しい磁化反転アシスト効果を実証できたことから,次世代の超高密度磁気記録や不揮発性固体磁気メモリの書き込みの低消費電力化を促進する技術として期待される。

関連記事「京大ら,超高密度磁気メモリなどへの応用が期待されるハーフメタル新材料の合成に成功