東大,酸窒化物「SrTaO2N」で初めて強誘電体的な挙動を観察

東京大学教授の長谷川 哲也氏らのグループは,金属酸窒化物の薄膜結晶の一部で,酸窒化物では初めての強誘電体的な挙動を観察した(プレスリリース)。酸窒化物は,金属が酸素と窒素の両方と結合した物質で,酸化物,窒化物に続く新たな電子機能材料として期待されている。しかし,従来法で得られる紛体試料は正確な電気測定が難しく,高品質な結晶の合成が望まれていた。

研究グループは窒素プラズマ支援パルスレーザ堆積法を用いたエピタキシャル成長によって,SrTaO2Nの薄膜結晶の合成を試みた。結晶成長の温度や速度などのパラメータを最適化した結果,酸化物や窒化物などの不純物を含まない,配向のそろったペロブスカイト型のSrTaO2Nの薄膜結晶を合成することに成功した。

合成したSrTaO2Nを圧電応答顕微鏡で観察したところ,数十から数百㎚程度の微小な領域が強い圧電応答を示した。さらに,この小さな領域に直流電圧を加えると,その正負に応じて応答の符号が変化する強誘電体的な挙動を示すことが分かった。このような強誘電体的挙動は,SrTaO2Nの粉体試料で観察例がないだけでなく,酸窒化物として初めての発見。

第一原理計算によると,観察された強誘電性は薄膜結晶中にわずかに含まれるtrans型の酸素-窒素配列に起因することが示唆されている。今回合成した薄膜結晶では基板との格子定数の差が大きいため,結晶中に欠陥が導入されて格子の歪みが一部緩和している。この格子歪みの空間的なむらが強誘電性(=trans型の酸素-窒素配列)の空間的な分布と関係している可能性がある。

また,成膜直後は圧電応答を示さないcis型の配列を持つと予想される領域でも直流電圧を加えることで強誘電体的な圧電応答が観察されている。この性質の起源についてはまだ明らかではあないが,研究グループは酸素-窒素の長距離的な配列との関係を検討している。

今回の結果は,酸窒化物の高品質な薄膜結晶が新たな電子機能材料として有望なことを示している。さらに,基板からの圧力を利用して酸窒化物薄膜中の酸素-窒素配列を制御できる可能性も明らかになった。酸素-窒素配列の人工的な制御によって強誘電性や磁気異方性などの電子機能を実現できれば,新たな材料の開発につながる期待がある。

現在のところSrTaO2N薄膜結晶で観察された圧電応答の大きさは代表的な強誘電体であるチタン酸バリウム(BaTiO3)などと比較して小さく,圧電素子などに応用するには不十分。一方,SrTaO2Nをはじめとするペロブスカイト酸窒化物には,一般的な酸化物強誘電体では実現が難しい,青色や緑色の可視光を吸収できるという特徴がある。

近年,酸化物強誘電体を用いた光センサや太陽電池の開発が進められているが,変換効率は極めて低いのが現状。可視光を吸収可能な酸窒化物強誘電体は,このようなデバイスの変換効率の向上に役立つと期待される。