京大のグループは,新しくレーザー発振・波長制御を可能とした中赤外自由電子レーザ(KU-FEL)を使って,固体材料の原子の振動(格子振動)を選択的に励起できることを,世界で初めて直接的に観測した。固体材料の原子の振動(格子振動)は,電気伝導特性,磁気特性,熱伝導特性など,あらゆる材料の特徴的な物性を発現させる要であることから,その精密な制御を可能とする技術開発が待ち望まれていた。
固体の格子振動が,常温では熱エネルギーがさまざまな方向の振動に少しずつ分配されて起こっている(非選択的な格子振動励起)ので,実験はまず,この格子振動を抑えるために,固体材料を極低温(-259度)に冷却した。
冷却した固体材料に,着目する特定の格子振動の振動エネルギーに一致する波長の中赤外自由電子レーザを照射すると,固体材料がレーザ特有の位相が綺麗にそろった強力な光波を吸収し,照射した光のエネルギーに対応する特定の振動方向・振動数(Vr)の格子振動のみが非常に強く励起される現象が観測される(選択的な格子振動励起)。
中赤外自由電子レーザの照射と同時に,プローブ光を固体材料に入射すると,プローブ光は,振動している固体材料との間で差し引きのエネルギー授受のない弾性散乱(レイリー散乱)に加え,格子振動にエネルギーを与える格子振動からエネルギーを受け取る結果,入射した光のエネルギーの差し引きが出射時に変化する非弾性散乱(ラマン散乱)が起こる。非弾性散乱により発生した光のうち,入射した光よりも低い振動数の光(Vi-Vr)をストークス散乱光,入射した光よりも高い振動数の光(Vi+Vr)をアンチストークス散乱光と呼ぶ。
アンチストークス散乱光は,極低温では,固体材料の格子振動が抑制され,入射光にエネルギーが与えられないため観測されない。これは,アンチストークス散乱光が極低温であらたに観測されたということは,逆に言えば,その振動数に対応する格子振動が外部からの光照射により励起されたことの直接的な証明となる。
今回の成果では,極低温の固体材料に上記の現象を観測するための入射光の条件を兼ね備えた中赤外自由電子レーザを照射して,照射した中赤外自由電子レーザ光の振動数に対応するアンチストークス散乱現象の観測に成功した。この結果は,中赤外自由電子レーザにより固体の格子振動が選択的に励起されたことを示しており,中赤外光を発振させるレーザによって格子振動の制御ができることを,世界で初めて直接的に証明した。
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