国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)は,独コンスタンツ大学と独ハンブルグ大学の研究グループと共同で,金属元素を含まない純粋な有機ラジカル1分子を電極間に架橋させて,巨大磁気抵抗効果を観測することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
次世代の論理回路やメモリ素子として期待されている,スピンを利用した論理回路を実現するためには,スピン情報を固体素子の中で散逸することなく伝搬させる必要がある。
有機ラジカル分子は,金属元素を含まず軽元素のみから構成されているため,スピン軌道相互作用が弱く伝導電子のスピン散乱がほとんど起こらない。そのため,スピン情報を失わずに伝搬できると期待されている。
また,不対電子の持つスピンによって多彩な磁気特性(強磁性,常磁性,反強磁性)を示すことが知られており,これまで有機分子の薄膜やバルク結晶で,磁気特性の評価が行なわれてきた。
しかし,これらは分子の集合体であるため,分子間の結合部分で電気伝導性が低下し,無機材料と比べてスピンの拡散距離が短いことから,単分子レベルで磁気特性の変化を解明する必要があった。
今回,研究グループは,オリゴ(p-フェニレンエチニレン)分子にラジカル基(不対電子)を結合させた安定な有機ラジカル分子を合成し,4Kの低温において金ナノ電極間に有機ラジカル分子が1分子だけ架橋した単分子接合を形成した。
磁場中で電気抵抗を評価した結果,4Tの磁場において最大で287%(平均値:44%)に達する巨大磁気抵抗効果を観測した。不対電子スピンを持たない非ラジカル分子で同様の実験を行なったところ,2-4%程度の磁気抵抗率しか観測されないことから,ラジカル基により母体分子の電気抵抗を桁違いに大きく変調できることが明らかになった。
電流-電圧特性の解析から,観測された巨大磁気抵抗効果は,架橋された分子と電極との間の結合の強さが磁場によって減少することで起こっている可能性が示された。
今回得られた結果は,不対電子スピンにより有機ラジカル分子の電気抵抗を制御できる可能性を示しており,有機分子の特徴を活かした新しいスピントロニクスデバイスの開発に繋がるもの。
また,これまでほとんど明らかにされていない有機ラジカル分子の電気伝導特性に及ぼす不対電子スピンの役割を単分子レベルで理解する手がかりを得たことは学術的にも意義があるという。
今後は,不対電子の持つスピンがどのように電極と分子の間の結合を弱めるのか,巨大磁気抵抗効果が発現する詳細なメカニズムを明らかにし,分子スピンによる効率的な電気伝導制御を目指すとしている。
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