大阪大学,高輝度光科学研究センター,理化学研究所らの国際合同研究チームは,X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAを利用して,銅含有亜硝酸還元酵素の完全酸化型の立体構造を,銅原子の異常散乱効果を用いて世界で初めて決定し,プロトン共役電子移動の反応機構を解明することに成功した(ニュースリリース)。
地球上の窒素循環において,微生物は脱窒過程と呼ばれる重要な化学反応を銅含有亜硝酸還元酵素によって担う。この酵素は,亜硝酸イオン(NO2-)から一酸化窒素(NO)への一電子還元反応を触媒するタンパク質で,構造と機能が異なる2つの銅活性中心,“タイプ1銅”と“タイプ2銅”を持つ。タイプ1銅は他の電子供与タンパク質から電子を受容し,タイプ2銅はその電子を利用して亜硝酸還元反応を行なう。
銅活性中心の酸化型から還元型への変化は,配位構造の変化を引き起こし,効率的な電子伝達反応や酵素反応と結びついている。金属蛋白質の真の酸化型構造を知ることは,構造解明に必要なX線照射による放射線損傷により,金属中心がきわめて迅速に還元され,構造変化を誘起してしまうため,長い間不可能とされてきた。
しかし近年,X線自由電子レーザー(XFEL)による連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)の登場によって,常温状態かつ放射線損傷の無い状態(常温無損傷構造)の解明が可能になりつつある。SACLAが生み出す10フェムト秒以下の極短パルス光を用いると,放射線損傷で構造変化が誘起されるよりも早く,構造情報を記録して観察することができる。
研究では,実験技術の改良を進め,SFXと銅原子を用いたSADによる絶対構造決定法を初めて実証し,銅含有亜硝酸還元酵素の正確な三次元構造を得ることに成功した。さらに,SACLAの技術と大型放射光施設SPring-8の技術を融合することで,酵素の真の酸化型構造情報から,多くの酵素反応に共通する重要な生命化学反応プロセスであるプロトン共役電子移動の新しい知見を得ることに成功した。
地球上の窒素循環において,土壌中や水中の窒素酸化物は,脱窒菌と呼ばれる微生物によって分子状窒素に還元され,大気中へと放出されている。土壌中の窒素含有量は植物の成長を決定する因子であるため,農作物の収穫量や食糧需給ひいては人口問題にとって重要である。一方,産業技術の発展による窒素化学肥料等の増加が微生物の脱窒作用を活性化し,窒素循環の均衡を破り,地球環境に多大な影響を与えていることが知られている。
脱窒作用の詳細な理解は窒素循環の制御につながるため,それを担う微生物中の酵素の構造と機能を解明するための研究が注目を集めている。この研究成果により明らかとなった酵素反応が担う新しい生命化学反応プロセスの理解は,物質科学と生命科学と地球科学の分野をつなぐ架け橋となる発見であり,地球の窒素循環の制御につながる分野への応用展開を支える基盤となるとしている。