九州大学は豪クイーンズランド大学,英インペリアルカレッジロンドンとの共同研究において,既に実用化されている水素ステーションで用いられる水素貯蔵マグネシウム合金の,水素放出過程を直接可視化することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
金属の水素吸放出のメカニズムとプロセスを解明することは,安全で効率的に水素ステーションのシステムを制御,運転するためには必須であり,学術的にも工業的にも重要視されている。しかし,測定方法の難しさからそのメカニズムは未だに解明されていない。
現在までに,X線回折や熱分析などの解析実験により様々な水素放出メカニズムが提唱されており,その中でも特に「水素化物の結晶粒の内部からの核形成,成長による水素の放出」,「水素化物の結晶粒の外周表面からの水素の放出」の相反する2つのメカニズムの間で議論がなされている。
九州大学に設置している超高圧透過電子顕微鏡および試料温度をコントロールする試料ステージとその場観察レコーダを用いると,実際に工業的に使用しているマグネシウム合金粒子の水素化物を,薄く試料調整することなく,そのままの状態で観察できる。これは超高圧電子顕微鏡以外の他の測定手法ではなし得ないことであり,メカニズム解明に大きく寄与できる。
観察試料の温度を制御しながら上昇させていくと,予め水素化物MgH2の中に存在していた水素化されていない金属マグネシウムの小さな領域(数十㎚)を 「核」として,その周辺のMgH2相から水素が抜けて内部の金属マグネシウムの領域が成長していく過程によって,水素放出が進行していく様子をビデオで撮影することに成功した。
一方,比較のために汎用の電子顕微鏡(加速電圧:200 kV)で100㎚以下に薄く加工した試料を観察した結果では,水素を放出したマグネシウムは薄い結晶の表面から内部に向かって広がっていく様子が確認された。
このことから,工業的に使用している大きな水素化物からの放出メカニズムは,「予め存在しているマグネシウム粒子を核とした,結晶粒の内部から外表面への成長による水素の放出」であり,一方,水素化物の薄片やさらに微細なナノ粒子では,「水素化物の結晶粒の外表面からの水素の放出」によるというように,結晶粒の形状やサイズによってメカニズムが変化することを突き止めた。
今回の研究により,工業的に使用されているマイクロメートル程度の大きさの粒子の水素化物では,予め内部に残存している水素化されていないマグネシウムの領域が水素放出過程で重要な役割を担い,水素化物の内部から水素放出が進行することが世界で初めて明らかにした。
この成果は,学術的に重要なばかりでなく,実際に水素ステーションの水素貯蔵システムの制御,運転上でも重要な知見を与えるもの。
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