横浜国立大学の研究グループは,光子の発光と吸収だけで量子通信や量子計算に用いられる量子テレポーテーションを可能にする新原理を実証することに,世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
量子通信は,量子でできた暗号鍵を自動配信(QKD)することで,ネット上の個人情報を安心してやり取りできるようになる。既に光子が届く100km程度の距離では東京 QKD ネットワークなど実用化へ向けた運用試験が進められているものの,数100km以上の都市間ネットワークを構築する決定的な方法が見つかっていなかった。
このため,量子状態を再生する量子中継が不可欠となるが,このためには,光子が届く数10km毎に配置した量子ノード間に量子もつれを生成し,量子ノード内で量子もつれを検出する必要がある。従来の量子中継方式は,量子もつれ光子源などを用いて量子もつれを生成し,単一光子検出器と光学素子の組み合わせで量子もつれを検出するが,この方式では中継毎の高い失敗確率が原理的に存在し,距離が延びるにつれて通信レートが急激に劣化するという問題の克服はできなかった。
今回,量子メモリ素子となるダイヤモンド中の単一欠陥の電子に内在する量子もつれを利用し,発光と吸収という自然現象だけで光子と電子の量子もつれを検出した。
実験はダイヤモンド中の欠陥の一種である窒素空孔欠陥(NV中心)を用いた。その電子はスピン状態をもち,1秒近く量子状態を保持できると同時に光子の吸収効率も高く,量子通信の中継用量子メモリに適している。あらかじめ電子の状態を光照射でさまざまな状態に設定し,これとは独立に設定したさまざまな状態の光子をぶつけた時の吸収確率を測定した。
その結果,電子と光子がもつれた状態にあるときにのみ吸収が起こることを実証した。この動作原理の源となるのは,物質に内在するスピン軌道相互作用という量子もつれを導く力。先に示された発光による光子と電子の量子もつれ生成も同様の力を利用しているが,今回発光の逆過程である吸収でも,量子もつれが検出できることを示した。
今回考案した手法は,従来の手法とは全く異なる動作原理に基づく新しい量子中継方式。特殊な光源や検出器に頼ることなく,量子メモリとなる電子そのものに内在する量子もつれを利用することにより,量子もつれの生成と検出を行なう。量子もつれ生成は発光した光子と残った電子が自然にもつれるように,また量子もつれ検出は光子と電子がもつれて吸収されるように工夫を行なう。このような自然現象の利用で,特別な量子操作の必要もなく量子テレポーテーションによる量子中継が行なえることを実験によって明らかにした。
この方式では,光ファイバを伝わって量子ノードに到達した光子を無駄にすることなく中継に利用することが可能。つまり,中継毎の失敗確率を原理的にゼロに抑えることができる。その結果,光ファイバ中で光子がなくなるのを避けるために,中継区間を可能な限り短くすることで,通信レートを最大限まで上げることが可能になる。仮に光子送信レートを1Gb/sとすると,中継区間を50kmに抑えたとしても,1000kmの量子通信路一回線で100Mb/sの情報が送信できる。
今回の成果は,従来の量子中継である「たまたま繋がる」確率的中継方式から,「確実に繋がる」決定的中継方式に転換するための鍵となるもの。一旦核となるもつれを作っておけば,後はただ待つだけで光子の発光と吸収を繰り返し,光子が届かないような遠距離にも暗号の鍵となる量子状態を再生できるようになる。
情報通信は盗聴だけでなく,さまざまなサイバー攻撃が社会的問題になっているが,研究グループは,国家的あるいは世界的な規模の量子通信ネットワークを構築することで,物理法則によって安全性が保証された安心で健全な情報化社会を継続的に発展させることができるとしている。
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