東北大学教授の寒川誠二氏らの研究グループは,スピントロニクスを採用し,次世代のデバイスといわれる磁気抵抗メモリ(MRAM)の実用化に道を拓く技術として,酸化と金属錯体反応を同時に実現する装置を開発し,これまで困難であった遷移金属や磁性体膜の高精度で超低損傷なエッチングに世界で初めて成功した(プレスリリース)。
フラッシュメモリ,DRAMなど従来のメモリがメモリセル内の電子を用いて記録を行なっているのに対し,MRAMは記憶媒体にハードディスクなどと同じ磁性体を用いたメモリ技術。SRAM(高速アクセス性),DRAM(高集積性),フラッシュメモリ(不揮発性)など,各種メモリの備えるすべての強みを実現するとして,省エネや瞬停にも寄与する汎用性の高いデバイスとして期待されている。
しかし,MRAMデバイスにおける最も大きな問題の1つに,記憶媒体に使われる遷移金属や磁性体膜の加工の困難さがある。通常のプラズマエッチングプロセスで用いられるハロゲン系の反応メカニズムでは,エッチング処理後に残留ハロゲン化物による金属腐食が発生したり,反応生成物を蒸発させるため高い基板温度が必要であり,その熱履歴で磁気特性が劣化するなどのダメージが発生する。
一方,アルゴンイオンの物理的スパッタリング現象を用いた加工方法(イオンミリング)は,マスクとの選択制が低く,エッチング側壁にスパッタリングされた原子が付着するために,そもそも微細化が難しいという問題がある。
通常,金属固体表面では直接金属錯体反応は非常に起きづらいことが分かっている。一方,酸化金属の結合長は,結晶の格子定数よりも大きく,また,密度が下がるため,配位子がアクセスできる空間的な余裕を持たせることが出来る。但し,遷移金属や磁性体の酸化に通常の熱プロセスを用いると300~800℃の温度が必要であり,特にPtなどはそれでも酸化されないことが知られている。
そこで研究グループは東京エレクトロンと共同で,低温にて良質な酸化物を形成できることが実証されていた酸素中性粒子ビームによる酸化プロセスを用いて,金属錯体反応を進行させる配位子(エタノールなど)を同時に供給して,酸化および金属錯体反応を一貫して実現できる中性粒子ビームエッチング装置を開発した。
この装置を用い,世界で初めてタンタル(Ta),ルテニウム(Ru),白金(Pt)などの遷移金属やNiFe磁性体膜を化学反応を用いて室温レベルで加工することに成功した。特に,Ptにおいても酸化・金属錯体反応が進行し,マスク通りに理想的な形状が実現できており,今回の中性粒子ビームによる酸化・金属錯体反応が実現できていることが実証された。
中性粒子ビームによる酸化・金属錯体反応プロセスは基板への紫外線照射量や電荷蓄積量の抑制ができ,低温プロセスであることから,磁性体に対する損傷も同時に解決できるという利点もあり,次世代のデバイスMRAMの微細化・高集積化に道を拓くプロセス技術として画期的な成果と言える。