九州大学は,慶應義塾大学との共同研究で,iPS細胞誘導時におけるテロメアテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)の重要性を解明した(プレスリリース)。これはiPS細胞誘導時のストレス応答の一端を明らかにしたもので,iPS細胞の分化誘導やがん化抑制の分子機序解明にもつながると期待される成果。
iPS細胞の誘導過程で,細胞は分裂・増殖しながら多能性を獲得していくことが知られている。細胞増殖はDNAダメージや染色体異常といった遺伝子変化の危険を伴なうが,それらを回避するため,染色体末端の維持や保護に働いているテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)はリプログラミングの過程で発現が誘導される。そして,その発現のタイミングは,多能性幹細胞のマーカーとして広く使われているOct3/4やNanogといった因子と同じであることが知られていた。
研究グループは,TERTのリプログラミング過程における機能について検証を行なった。体細胞リプログラミングにおけるTERTの機能を明らかにするために,TERT遺伝子を欠損したマウス成体尾部から繊維芽細胞を調整し,Klf4,Sox2,Oct3/4,c-Mycの4 因子を作用させてiPS 細胞を誘導した。
その結果,著しい効率の減少が確認された。しかしながらiPS細胞は誘導され,三胚葉への分化能も持ち合わせていた。これらのことから,TERTは体細胞リプログラミングに寄与するもののその働きは必須ではないことが明らかになった。
一方で,樹立されたiPS細胞を継代,維持したところ,TERT欠損株では増殖の異常および染色体異常が認められた。このことは,増殖に伴う染色体末端修飾や保護といった,これまでによく知られているTERTの機能とよく一致するものと考えられる。
次に,これらのTERTの機能がその酵素活性に依存するものかどうかを検証した。TERTの酵素活性を持たないTERT D702AをTERT欠損線維芽細胞に導入してレスキュー実験を行なった。その結果,リプログラミング効率の改善が見られ,三胚葉への分化能も獲得されていることが分かった。これらのことから体細胞リプログラミングにおけるTERTの機能はその酵素活性によらないことが示唆された。
今回得られた結果は,TERT欠損細胞においても効率よくiPS 細胞を樹立する方法や,TERTを欠損したiPS細胞でも染色体異常が起こらないように培養する方法を確立することにつながる可能性を持っている。このように将来的な再生医療の実現にとって重要な手法確立の基礎となる成果と考えられる。