1.超スマート社会が必要とするクリーンエネルギー
カーボンニュートラルな超スマート社会の実現に向けて,クリーンで膨大な新たなエネルギー源の必要性が高まっている。日本は現在,エネルギー供給の約9割を海外に依存しており,安定した資源確保が急務となっている。さらに,核分裂炉はコストや廃棄物処理の課題を抱え,自然エネルギーも自然破壊や気候変動による影響への対応が必要である。さらに,情報化社会の進展によってデータセンターの増加や新しいエネルギー集約型産業への電力供給が新たな課題となりつつある。その結果,従来のエネルギー源では限界があるという現実が浮き彫りになっている。これらの複合的な問題を乗り越えるには,カーボンニュートラルを実現しつつ,エネルギー供給の多様化と新たなエネルギー源の開発が不可欠である。
AI やIoTを活用する第4次産業革命を目指す中で,世界のデータセンターの消費電力が増大し,2030年には2022年の9.4倍に相当し,世界の総発電量の15%を占める規模に達するとの予測がある。データセンターだけでなく,将来のIT 関連全体の消費電力を予測すると,より深刻なエネルギー危機に直面する可能性がある。全ての機器のデータ処理量と消費電力が比例すると仮定し,データ通信量(IPトラフィック)に比例して消費電力が増大すると単純に試算した場合,2050 年には日本のIT関連消費電力が現在の国内総電力消費量の約200 倍に達するという試算もある。
このような状況下で,カーボンニュートラルを実現しつつ,超スマート社会を実現するためには,桁違いに大きくクリーンなエネルギー源を新たに確保する必要がある。この新たなエネルギー源として,化石燃料の10 万倍のエネルギー密度を持ち,圧倒的に放射性廃棄物が少なく,暴走のリスクがない核融合エネルギー(フュージョンエネルギー)が有望であると考えられている。
2.フュージョンエネルギーを実現するアプローチ
このようなクリーンで膨大なエネルギーの基盤となるのは,1935年に日本で提唱された陽子や中性子を結びつける「湯川力」である。この力を解放する核融合反応では,重水素と三重水素を用い,1 億度以上の高温でプラズマ状態を作り出す必要がある。さらに,エネルギー源として十分な反応を得るためには,核融合燃料の「密度×閉じ込め時間」が一定以上を満たすことが求められる(図1)。
この条件を満たす方法として,「慣性核融合(レーザー核融合)」と「磁場閉じ込め核融合」の2 つがある。前者は,レーザーでプラズマを超高密度化し慣性力で瞬間的に閉じ込める手法で,後者は低密度プラズマを磁場で長時間閉じ込め,持続的に燃焼させる方法である。パワーが核融合反応を起こす粒子の数に比例するため,同じパワーを得るために必要なプラズマの体積は,密度の低い磁場閉じ込め核融合では数メートル以上になるのに対し,高密度のレーザー核融合ではその約10万分の1以下のサイズとなる。この結果,レーザー核融合発電炉は,データセンター向けのオフグリッドでセキュアな電源や分散型スマート社会に適したものとなる可能性がある。
3.レーザー核融合研究の世界的動向
レーザー核融合の概念は,レーザーが発明される以前に提案され,1970年代にエネルギー源としての可能性が示された。1980年代には,点火・燃焼の実現を目指して,世界中でシングルショットベースの大型レーザーが建設され,競争と協力が進展した。我が国では,世界最高性能のレーザーガラスが産学連携で開発され,大阪大学に建設時,世界最大の大型レーザー施設が整備され,レーザー核融合に必要な温度と密度が個別に実証された。
その後,米国ローレンス・リバモア国立研究所は,最大レーザー出力1.8 MJの超大型レーザー施設NIFを2009年に完成。2015年以降,シミュレーションや深層学習を駆使して核融合点火・燃焼を目指し,2021 年8月にレーザーエネルギー1.9 MJに対し0.7 倍の出力(1.35 MJ)を達成。2022 年12月には,レーザーエネルギー2.05 MJ に対し1.5 倍の出力(3.15 MJ)が観測され制御熱核融合における人類史上初めての点火・燃焼が実現された。さらに,2023 年7 月には出力が2 倍となり,2024 年2 月には5.2 MJを生成した(図2)。
この成果は世界に大きな影響を与え,米国エネルギー省は2023 年からレーザー核融合研究への予算投入を開始した。また,これまでレーザー核融合に関する研究予算が全くなかったドイツでは,NIFの成果を受けて連邦教育研究省がレーザー核融合に関する有識者会議を設置し,大きな予算が動き出した。レーザー技術に強みを持つドイツがレーザー核融合を推進することは理にかなっており,他への波及効果も大きいため,初めて大きな予算が投入されることになった。欧州,中国でも点火・燃焼実証が影響を与えている。さらに,核融合のスタートアップ企業も増加している。
4.日本のレーザー核融合研究
日本では,当初,世界に先駆けてレーザー核融合に必要な温度と密度を実証したが,1990年代後半からは,より効率的なフュージョンエネルギーの実現を目指して,高速点火方式という効率的な核融合の研究に重点を置き,世界をリードしている。2001年には独自の手法を考案し,高速点火方式の原理実証と有効性を示した。さらに,2020年には,加熱物理の理解のもと,わずか3 キロジュールのレーザーエネルギーで高効率に核融合プラズマを生成し,20 Gbar(200 億気圧)の圧力を達成した。この成果は,図2 に示すように,従来の方式による米国の30 キロジュールのレーザーエネルギーで達成された圧力(50 Gbar)に匹敵し,高速点火方式の高効率を証明するものである(図2)。
高速点火方式のもう1 つの特徴は,燃料圧縮と加熱プロセスを独立に最適化できる点である。従来の点火方式では,密度と温度を同時に上げる必要があり,中空の薄い球殻(シェル)燃料を用いた爆縮が必要だった。この方法は流体不安定性に非常に敏感で,長年のレーザー核融合研究における大きな課題の一つだった。これに対して,高速点火方式では,高密度を実現する安定した爆縮に特化できるため,温度を上げるためのシェル爆縮が不要となり,中実球またはほぼ中実の球殻燃料が使用でき,安定した爆縮が期待できる。核融合燃料の高密度爆縮において流体不安定性を回避できることは画期的な発明である。
高効率加熱実証と加熱物理の理解,さらに安定した燃料圧縮法の発案を基に,核融合炉規模でのロバストなターゲットデザインが見えてきている。核融合炉規模では,加熱における非局所熱輸送や核融合反応α 粒子によるブースト加熱の効果により,現在の7 倍以上高い加熱効率がシミュレーションで期待されている。また,加熱用レーザーをガイドするコーンも不要になり,よりシンプルでロバストなターゲットデザインが期待されている。
5.レーザーフュージョンエネルギー実現へ向けた課題と取り組み
レーザー核融合研究の特徴は,物理的課題と工学的課題をある程度独立して解決できる点にある。物理的課題は,燃料の圧縮,点火,燃焼の1 サイクルを効率的に実現することにあり,工学的課題は,このサイクルを繰り返し行いながらエネルギーを効率的に取り出すことにある。物理的課題の多くは,シングルショットベースのシステムで原理実証が可能である。これまでに,米国での核融合点火・燃焼の実証や,日本における高速点火方式による高効率核融合プラズマ生成により,一定の進展が見られている。一方で,工学的課題としては,レーザー核融合の連続運転の実証や,核融合炉規模でのターゲット設計,核融合炉用燃料供給システム,レーザーシステムや光学素子,炉材料などの開発が必要である。
レーザー核融合研究は,これまで物理的課題の多くがシングルショットベースの実験を通じて一定の進展を遂げた。現在は,この成果を基に,工学的課題である連続運転の実現や実用規模でのシステム開発に移行する段階にある。物理的な原理実証から実用化に向けた工学的な取り組みへと焦点を移し,レーザー核融合技術の実現に向けた次の一歩が求められている(図3)。
6.発電を遥かに凌ぐレーザーフュージョンエネルギー
レーザーフュージョンエネルギーの実現に向けた最も重要な技術の一つは,繰り返し可能な大型パワーレーザー技術である。この分野では,レーザー用セラミック,光学薄膜,励起用半導体レーザーなどで,日本は現在世界をリードしている。ドイツは,米国の核融合点火・燃焼の実証を受け,レーザー技術の優位性を活かして国家戦略としてレーザー核融合に注力することを決定した。レーザー核融合研究は統合技術であり発電にとどまらず,科学技術全体のレベルアップを牽引する。日本は,レーザー核融合プラズマ生成での実績と,繰り返しレーザー技術において国際的な優位性を持っている。今,この強みを活かし国家戦略としてスタートできれば,日本は発電を超えるインパクトを社会にもたらすことができる。
総合技術であり統合技術であるレーザー核融合技術は,材料工学,デバイス工学,システム工学,計測工学など,多様な分野の技術を集約する。さらに,ロボティクス,AI技術など最先端分野の協力も必要である。このようなレーザーフュージョンエネルギーは,従来のエネルギー集約型の製造業だけでなく,情報,医療,金などのビッグデータを扱う新たなエネルギー集約型産業にも不可欠である。特に,特に小型化が可能なレーザー核融合は,今後,増加が予想されるセキュアなデータセンターに適した小型パワープラントへの期待が高まると考えられる。
また,レーザー核融合技術は,核融合以外の分野にも幅広い応用が可能である。たとえば,高度1000 km上空に存在する宇宙デブリの除去に活用できる。従来提案されている機械的捕獲や人工衛星からのレーザー照射などの方法では,全体の約90%を占める1 cm以上10 cm以下のデブリを効果的に除去することが困難である。一方,レーザー核融合で必要とされる平均出力メガワット級の大型レーザー技術を活用すれば,高度1000 km上空の1cm以上10 cm以下の宇宙デブリを地上から高精度に捕捉し,その軌道を変えて大気圏内で燃え尽きさせることが可能である。この技術に必要な要素技術はすでに揃っており,10年以内の実現が見込まれている。さらに,レーザー核融合技術はスーパーダイヤモンドのような超高硬度材料の創製や,超小型中性子源を活用したインフラ診断,環境調査,害虫駆除,放射性物質の分離など,多岐にわたる分野での応用が期待されている(図4)。
7.まとめ
パワーレーザー技術は,1970 ~ 80 年代のレーザー核融合研究を目的としたシングルショットベースの大型施設の建設を通じて大きく発展してきた。シングルショットベースの大型施設を利用した研究では,核融合点火・燃焼をはじめ,高効率核融合プラズマ生成,レーザー粒子加速,コンパクト中性子源,超高圧新物質創生など,多様な原理実証が行われている。これらの成果に加え,近年のパワーレーザーにおける繰り返し技術の進展により,原理実証段階を超え,社会実装が現実的なものとなりつつある。その結果,エネルギー市場のみならず,様々な分野でこれまで未開拓だった新たな市場の創出と開拓が期待されている。
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