月刊OPTRONICS 特集序文公開

光を用いた磁界分布の可視化

1.磁界計測の用途と方法

1.1 磁界計測の背景

磁界は人の目に見えないため,子供達は磁石の引力や斥力を通じて物理分野への興味を抱く。また,家庭内でも電磁調理器や非接触充電器など交流磁界を利用した製品が急速に普及し,見えない磁界が身の回りで多く利用されている。磁界分布の可視化は,これら学術的興味の促進,身の回りの磁界環境の把握のみならず,磁界を利用する製品の高効率化などエネルギーの有効利用にも大きく貢献する。

これまで,交流磁界の測定には金属導線をコイル状にしたプローブが多く用いられてきた。この測定原理はコイルに鎖交する磁束の時間変化によって生じる誘導起電力であり,生じた電気信号を取得することで磁界強度に換算できる。コイルの代わりにホール効果や磁気抵抗効果を利用したプローブも開発されており,測定対象磁界がプローブの出口で電気に変換されるので電気的プローブとも呼ばれている。電気的プローブは磁界の測定,伝送,取得を一連の回路で行うため技術的に容易であり,最も実用化されている。しかし,測定領域に入るプローブや信号線に含まれる金属材料によって,測定時に測定対象磁界の歪みや減衰,干渉などの影響が少なからず存在する。

また,これらのプローブを用いて磁界分布を取得するには,プローブの走査や複数個の配置が必須となる。特にコイルの場合は空間分解能がコイル内径となるため,サブmmなどの高い空間分解能の実現は難しい。

1.2 光ポンピング磁力計

金属の影響を低減させるために,電気的プローブではなく光による磁界の測定と伝送を行う方法が提案されている。その一つとして,アルカリ金属蒸気と光の相互作用を利用した光ポンピング磁力計(Optically pumpedmagnetometer:OPM)の研究が進められ,一部実用化されている。

OPMは,ガラスセル内に封入されたアルカリ金属蒸気原子を,光によってスピン偏極させる光ポンピングを利用した光計測手法である。1961 年にW. Bell とA.Bloomがレーザ光の強度変調を用いて実証して以来,実用化へ向けた多くの研究が報告されてきた。中でも2002年スピン緩和レートが小さくなるSpin ExchangeRelaxation Free(SERF)状態を利用する事で超伝導量子干渉素子(SQUID)に匹敵する超高感度測定が実証されて以降,このSERF状態を利用したチップサイズのガラスセルを用いた高感度測定や生体磁気計測などが報告されている。

さらに近年では生体磁気計測用途の製品も販売されており,光による磁界計測の普及が進んでいる。これらの超高感度OPMに使用されるアルカリ金属にはルビジウムやカリウムが多く,ガラスセル内の蒸気密度を上げるために加熱が必要となる。また,低磁場環境を実現するための磁気シールドや,光ポンピングとプローブのそれぞれにレーザ光用いて超高感度を実現している。一90 OPTRONICS(2024)No.9方で,セシウムを用いることで常温でもガラスセル内に測定可能な原子密度を確保できるため,感度は低下するが加熱装置を省略した簡便な測定が可能となる。

1.3  MxタイプOPM の原理

本研究で採用している OPMはMxタイプと呼ばれる方式(図1)で,光ポンピングと信号取得の両方を1 つのレーザ光で行う。ガラスセル内の蒸気化したアルカリ金属原子に円偏光された共鳴光を照射することで,光ポンピングによる電子スピン偏極が生じる。このとき,静磁界(B0)をレーザ光軸に対して45°となる方向に印加し,レーザ光軸と静磁界の双方に垂直な方向に交流磁場(Bm)を印加する。静磁界強度とアルカリ金属の磁気回転比との積が交流磁界周波数と一致するとき,磁気共鳴によってガラスセル内の透過率が交流磁界周波数で強度変調され磁界測定が可能となる。

アルカリ金属にセシウムを用いる場合,磁気回転比は3.5 Hz/nTとなる。MxタイプのOPMは磁気共鳴が生じる交流磁場周波数を計測することで直流磁場強度の変動を測定することができ,心磁測定などの極低周波磁場への応用が実証されている。一方で,印加する直流磁場強度を一定とすることで磁気共鳴周波数の交流磁場強度が測定可能であり,本研究では後者の方式を採用する。

1.4 ミラーアレイデバイスを用いた画像化

光による磁界計測を行う際,OPMはガラスセルの大きさに光を拡大させて照射することができる。このため,ガラスセルの透過光を空間分解することでガラスセル内部の磁界分布を取得できる。しかし,測定対象となる交流磁界の周波数を70 kHzとした場合,同じ周波数で強度変調される透過光の微弱な振幅を測定するにはCCDやCMOSといった一般的な撮像素子では強度分解能や速度の面で難しい。

そこで筆者らは透過光の空間分解を行うためにミラーアレイデバイスとして Digital Mirror Device (DMD, DLPLightCrafterTM, Texas Instruments)を用い,ロックインアンプ(LIA)による測定対象周波数の微小信号計測を行う。DMDを用いた空間分解測定の手法として,測定画素ごとにDMDのミラー反射領域を走査する方法(Scanning)と,DMDにランダムパターンを表示することで取得信号強度とパターンとの相関から画像化するシングルピクセルイメージング(SPI)を実施する。SPIはScanning と比較すると測定に用いる光強度が増加するため,S/N比の向上による高空間分解能化が期待できる。また,測定中に生じる極低周波の環境磁場揺らぎへのロバスト性が期待できる。

本稿では,磁気シールドを用いずに,OPMとDMDを用いた磁界分布取得の測定例として,信号源の位置による取得画像の違いを示す。さらに,ScanningとSPI の比較を行い,環境磁場揺らぎに対するロバスト性の実証結果について示す。

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