名古屋大学は東芝と共同で,原子核乾板を用いた宇宙線ミュー粒子(ミューオン)の測定により,東京電力 福島第一原子力発電所 2 号機の原子炉内部の透視に成功した(ニュースリリース)。
福島発電所内にある原子炉内の状況の把握は溶融燃料取り出しや廃炉に寄与するが,現在も高い放射線量があるため直接内部を観測することは難しく,未だに内部イメージは得られていない。そこで研究具グループは,遠隔非破壊で内部を探る技術として,原子核乾板を用いたミューオンラジオグラフィを適用した。
ミュー粒子は,岩盤1kmでも透過するような非常に高い透過力を持つ素粒子で,大気上層部で生成され1平方センチメートルあたりの面積を1分間に約1個の割合で,常に地上に振り注いでいる。このような天然のミュー粒子は,幅広いエネルギー分布を持つ。これらの 特徴を利用する事で,X線では測定出来ない厚さの大型構造物の周辺にミュー粒子検出器を設置して,構造物を通過して来たミュー粒子の飛来方向分布を計測する事で,X線写真のようにミュー粒子の飛来経路中に存在する質量を推定する事が出来る。
原子核乾板の厚さは約 0.3mmと非常に薄いシート状の放射線検出器。透明なプラスチックシートの両面に乳剤層(素粒子を写す層)を塗布した構造を持ち,この中を素粒子が通過すると通過した結晶に潜像(銀原子の集合体)を残し,化学現像により1μm程度の大きさの銀粒子へと成長する。この現像銀粒子の3次元的に並んだ点列(飛跡)を光学顕微鏡で計測する事で,現像前に乳剤層を通過して記録された放射線の情報(通過経路やエネルギーなど)を引き出す事が出来る。
原子核乾板には,ミュー粒子の他にも環境放射線によるガンマ線から生成される電子も記録されるが,その軌跡の直線性や長さなどを分析することでミュー粒子を選び出す。ミュー粒子が残した飛跡を名古屋大学が独自に開発した高速読み取り顕微鏡装置で読み出し,原子核乾板中に記録されたミュー粒子の位置と角度の計測ができる。
このような原子核乾板によるミュー粒子測定システムは,100m先を数10cmの精度で解像出来る高い方向決定精度と広い視野を併せ持つ。更に,軽量・コンパクトであり電力を必要としないため,可搬性が高く設置・観測が容易であるという利点がある。
研究グループは,この測定システムを用いて,事故により炉心溶融が疑われる2号機と,健全な燃料が現在も炉内に存在する5号機で,ミュー粒子測定を2014年春から順次測定を実施してきた。その結果,2号機透視画像の炉心領域の物質量は5号機より有意に少ないことが分かった。これは2号機の炉心溶融を裏付ける結果。
研究グループは今後,さらにデータ解析を進め,燃料の炉内残存量の推定を試みる予定。また,原子核乾板は小型な検出器である事からボーリング孔などへの挿入も可能と考えられる。今後,地下への検出器の設置などによる原子炉格納容器内のより低い位置の状況把握への適用についても,検討を進めていくとしている。
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