九州大学の研究グループは,低エネルギーの光を高エネルギーの光に変換するフォトン・アップコンバージョン技術の実用化に必要な,高効率で,太陽光などの弱い光でも機能する,空気中で安定であるという3つの条件を満たす分子組織体を世界で初めて開発した(ニュースリリース)。
これまでの太陽電池では,利用できる光の波長範囲が限られることが大きな問題だった。この問題を解決する可能性があるのが,フォトン・アップコンバージョンというエネルギー創成技術で,低いエネルギーの光を高いエネルギーの光に変換する。中でも,太陽光程度の弱い光をアップコンバージョンできる三重項-三重項消滅(triplet-triplet annihilation; TTA)を経る機構が注目されている。
このTTA機構によるアップコンバージョンでは通常,ドナー(増感剤),アクセプター(発光体)として働く2種の色素分子を有機溶媒に溶解させる。まず光を吸収して励起三重項状態となったドナーがアクセプターに三重項エネルギーを移動し,これにより生じた励起三重項にある2つのアクセプター分子が溶液中を拡散して衝突すると,そのうち1分子が三重項状態よりも高い励起一重項状態となり,アップコンバージョン発光が生じる。
すなわち,低いエネルギーしか持たない2つの光子を用いて,より高いエネルギーの1つの光子を生み出すことになる。これまでTTAを用いたアップコンバージョンの研究分野では,主にドナー・アクセプター分子の拡散を利用してエネルギーを受け渡すメカニズムが用いられてきたが,太陽光のような弱い光でも機能し,空気中で安定,かつ高効率という理想的なメカニズムの構築は困難だった。
今回,研究グループは,分子の自己組織化を用いることにより,理想的なアップコンバージョンメカニズムの構築に成功た。新たな手法として,アクセプター分子に自己組織性をもたせるため,複数のアミド基とアルキル鎖を導入した。アミド基には,水素結合ネットワークを形成し,その分子集合構造を安定化させる役割があり,また,アルキル鎖はアクセプター分子集合体を有機溶媒に安定に分散させる。
さらに,研究グループは,アクセプター分子が有機溶媒に溶解した際,自然に形成されるアクセプター分子膜中にドナー分子が効率よく取り込まれるための条件を明らかにした。その研究成果をもとに,フォトン・アップコンバージョンを示す自己組織化分子システムを世界で初めて開発し,その量子収率は30%と極めて高いことを明らかにした(理論上の最大効率は50%)。
開発したアクセプター分子膜中においては,アクセプター発光団が高密度に配列しているため,励起三重項エネルギーが高速に動き回り(エネルギーマイグレーション),ふたつの励起三重項エネルギーが効果的に出会うことがわかった。その知見により,太陽光程度の比較的弱い光でアップコンバージョン過程を最適化することに成功した。
さらに,分子膜中に導入された水素結合ネットワークは,酸素(溶存酸素)に対してバリアの役目を果たし,酸素が存在してもアップコンバージョン発光がほぼ保たれるという特徴を有することが明らかとなった。また,溶媒をゲル化した状態や,溶媒が存在しない固体の状態においても,空気中で明確なアップコンバージョン発光が観測された。
すなわち今回開発した自己組織化法は,アップコンバージョン機能を示す様々なソフトマテリアルの創出に有用な発展性の高い手法であることが示された。
研究グループでは,将来的に近赤外光を可視光に,また可視光を紫外光にと,より大きなエネルギーの光に変換する色素系へと応用すれば,太陽電池や人工光合成の効率を高めるための画期的な方法論になるとしている。
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