京都大学,千葉大学,大阪大学,東京大学,東海大学は,物質内部でテラヘルツ(THz)波の磁場強度を増強させ,スピンの方向を約1兆分の1秒の時間内に変化させる方法を発見した(ニュースリリース)。
近年,THz周波数帯にスピン歳差運動を持つ反強磁性体は,強磁性体よりも高速なスピンデバイスへの応用が期待されており,そのスピンダイナミクスは精力的に研究されている。しかし,従来の可視光やTHz波によるスピンの励起手法では長寿命の加熱効果が生じるため,高速なスピン制御が困難だった。
研究グループは,これまでに実現した世界最高強度のTHz波発生技術と,独自に考案したメタマテリアル金属マイクロ共振器を融合することにより,反強磁性体試料Sm0.7Er0.3FeO3内部に1テスラを超える高強度THz磁場パルスを実現した。
この物質は室温付近でスピン再配列転移を示し,それより高温側では巨視的磁化が異なる2つの方向に向いた安定な状態が存在する。実験では,サンプル温度を高温側の311Kに設定し,試料に対して面直方向にTHz磁場パルスを印加することで,強磁性モードと反強磁性モードの振動を観測した。
反強磁性体を含む磁性体においてTHz波により駆動されるスピン運動は,一般に巨視的磁化の変化として記述され,光の偏光の変化として観測できる。THz磁場強度が1テスラを超えると,偏光変化の時間波形に長寿命のオフセット成分が現れ,磁場強度に対して急峻な依存性を観測した。この閾値応答は,初期の安定状態とは異なるもう一つの状態にスピンの向きが変化したことを示している。
磁化ダイナミクスの強度依存性と温度依存性を観測し,これら測定結果がLandau‒Lifshitz‒Gilbert(LLG)方程式から導出したsine-Gordon方程式によって統一的・定量的に説明できることを示した。この解析により,THz振動磁場によりAFMモードが励起され,さらにAFMモードとFMモードとの結合効果が,磁気的エネルギーの動的な変調をもたらすことを示した。
これにより,スピンスイッチングを引き起こすFMモードに対して非共鳴的なTHz磁場を印加しているにもかかわらずFMモードが強く励起され,磁化は磁気ポテンシャル障壁から遠ざかる方向に運動して高いエネルギーを獲得する。そして,磁化は慣性効果によって障壁を超えてスイッチングすることを明らかにした。
研究グループは,今回の成果は,光による物性制御に関する理解を深化させ,高速な磁気デバイスや光デバイス開発に向けた基盤技術となることが期待されるとしている。