京都大学の研究グループは,温度勾配を持つ流体中に置かれたマイクロ粒子の表面近傍に,光ピンセットで流れを検出するトレーサーを留めるという独自手法で,熱浸透すべり流の発生を検出した(ニュースリリース)。
熱泳動する粒子の表面に誘起される熱浸透すべり流は,微小粒子の温度勾配方向への泳動現象である熱泳動の主要なメカニズムのひとつと考えられている。熱泳動は,分子やコロイドなどの微小粒子の分離,濃縮,分析技術への応用が期待されており,そのメカニズムの理解が課題となっている。
熱泳動するマイクロ粒子(直径 7µm)の表面近傍に生じる熱浸透すべり流を調べるうえで,ふたつの鍵がある。ひとつ目は,流れの駆動源となる温度勾配の形成。熱浸透すべり流は温度勾配に比例すると考えられており,その比例係数はすべり係数と呼ばれる。
熱浸透すべり流はすべり係数が非常に小さい(=流れが非常に遅い)ので,実験的に検出するためには強い温度勾配が必要。研究では,集光レーザーが水に吸収され局所的に発熱する光熱効果を用いてこの温度勾配を形成した。
得られた温度勾配の大きさは 1K/µmを超え,これは1mm の距離に対して1000℃の差に相当する勾配の大きさになる。
ふたつ目は,発生する熱浸透すべり流の評価方法。熱浸透すべり流はマイクロ粒子の表面近傍で発生すると考えられるが,粒子表面から離れると減衰してしまう。つまり,熱浸透すべり流を観測するためには,粒子表面近傍の狭い領域を正確に計測する必要がある。
研究では,光ピンセットによりトレーサー運動をマイクロ粒子表面近傍に制限することで,表面近傍の高温側への流れの発生を検出した。また,粒子表面からの距離や,粒子表面のゼータ電位に対する流れの強さの依存性を調べた。
実験的に検出した流れが粒子表面から遠ざかるにつれて弱くなること,また,流れの強さがマイクロ粒子のゼータ電位に依存することを観測し,温度勾配下に置かれた粒子表面が流れの発生源であること,つまり熱浸透すべり流の存在を明らかにした。
この実験的観察に加え,簡易化された熱流体モデルを用いて,熱泳動のメカニズムのひとつとして提案されている,粒子表面に誘起される熱浸透すべり流の存在を仮定するモデルの妥当性を裏付けた。
研究グループは,熱泳動のメカニズムの理解に関する基礎的な知見が得られただけでなく,分離,濃縮,分析など,熱を利用する微小物質輸送の工学的応用において,設計上の重要な因子(例えば表面電位)を実験的に評価する方法の方針が得られたことになるとしている。