産業技術総合研究所(産総研)は,サブテラヘルツ領域の電磁波の照射により,タンパク質の周囲にある水分子集団の運動を励起し,水和状態を変化させる現象の観測に成功した(ニュースリリース)。
タンパク質表面には親水性箇所と疎水性箇所ができる。このような水和の不均一性は,タンパク質機能の特性や時間スケールを決める要因になると考えられているが,その観測は難しかった。
Sub-THz波の照射による水和現象の変化を直接的に観測するには,照射しながら,かつsub-THz波に影響されない観測方法が必要となる。そこで研究グループは,マイクロ波帯の誘電率測定技術を用いた。マイクロ波帯の電磁波が照射された水分子は,集団で分子の向きを変える誘電緩和現象が起こるため,これを誘電率の変化として観測できる。
水和により,水分子の集団的なネットワーク構造がより強化されると水分子は動きにくくなるため,誘電率が低下する。したがってsub-THz波の照射の有無,温度変化の有無などの条件を変化させることで,sub-THz波が水和構造に及ぼす影響を観測できると考えた。
研究グループは,高強度のsub-THz波(0.1THz)パルスを発生できるクライストロン光源を用い,シリコーン素材の平皿の底部からsub-THz波を照射しながら,上部に据えた同軸プローブによって,タンパク質水溶液のマイクロ波帯の誘電率測定を行なうシステムを開発した。
sub-THz波照射の影響を観測するために,sub-THz波がタンパク質水溶液に侵入する深さ程度まで試料⻑を短くする必要があるが,この短い試料⻑のために一般的な測定を妨げる多重反射が起きる。
研究グループは,多重反射の信号が,試料の誘電率を反映して変化する現象に着目。多重反射をあえて利用することで,sub-THz波照射による試料のわずかな誘電率変化を鋭敏に検出できることを見出した。
水と乾燥リゾチームが出会ってから,安定な水和構造ができるまでの変化を誘電率の変化として調べた。sub-THz照射下のマイクロ波帯誘電率測定法,THz分光法,NMR分光法を組み合わせた総合的な解析から,リゾチーム水溶液へのsub-THz波照射により,初期のネットワークが崩れた水を含む水和構造から,疎水性の高い領域を含めて,ネットワークが強化された水和構造に変化することが示唆された。
研究グループは,例えばsub-THz波の照射により,酵素を改変せずにより高速に酵素の機能を高める技術や,ゲノム情報を変えずに生物の物質生産能を高めるなど,次世代の生物機能改変技術になる成果だとしている。