慶應義塾大学と中国科学院大学は,磁石に音波を注入すると,磁気回転効果によって起電力が発生することを理論的に示した(ニュースリリース)。
アインシュタインやバーネットらによって発見された磁気回転効果は,物質の磁気の起源が電子の自転運動であるスピンだということを示す歴史的にも重要な現象だが,その効果はとても小さく,物質の磁気制御が不可欠なスピントロニクスデバイスへの応用は不可能とされていた。
しかし最近,表面弾性波と呼ばれる音波を用いることで結晶格子点を1秒間に10億回以上回転させて,磁気回転効果を用いたスピンの流れを生み出す方法が実証された。さらにこのスピンの流れを起電力に変換する方法も発見されていたが,貴金属を含む複雑なデバイス構造が必要だった。
今回,研究グループは,強磁性金属の単膜というシンプルなデバイス構造において磁気回転効果に由来した起電力が発生することを理論的に提案した。強磁性金属へ表面弾性波を注入すると,強磁性体内の自由電子スピンには格子の回転変形に伴って磁気回転効果が働く。
同時に,強磁性体の磁気には弾性変形に伴って向きが変化する効果(磁気弾性効果)が働くことで,磁気の波が励起される。この磁気の波が自由電子スピンへ作用することで起電力が発生する。
研究グループは,自由電子スピンへ働く磁気回転効果と磁気へ働く磁気弾性効果の2つの効果が組み合わさることで,貴金属や複雑なデバイス構造を必要とせずに,磁気回転効果に由来する起電力が発生することを発見した。
この研究では,表面弾性波の一種であるレイリー波により発生する起電力を解析し,弾性波の進行方向および磁性体の膜厚方向へ起電力が生じること,またレイリー波の進行方向と磁性体の磁気の向きについて非相反性が現れることを見出した。さらに,強磁性金属としてニッケルを用いた場合に実験で観測可能な大きさの起電力が生じることもわかった。
研究で発見したメカニズムを用いれば,これまで困難だった磁気回転効果のスピンデバイス応用に大きく道を拓くことが期待される。磁気回転効果により生み出されたスピン流を利用するためには,微細加工や貴金属の利用が必要不可欠だった。今回の研究は音波さえ生み出すことができれば,他に制限を受けることなく幅広いスピンデバイスへ磁気回転効果を応用することが可能となる。
研究グループは,ジュール熱を伴う電流に比べてエネルギー損失の少ない音波を用いているために磁気デバイスの高性能化・省電力化することができるだけでなく,貴金属を必要としないため安価なレアメタルフリー技術として貢献できるとしている。