QSTら,磁性体深部を観察できる磁気顕微鏡を構築

量子科学技術研究開発機構(QST)とJFEテクノリサーチは,X線の新しい磁気光学効果「X線磁気円偏光発光」を導入することにより,磁性体深部にある磁区の大きさ,向きの詳細な分布の観察できる,磁気顕微鏡の構築に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。

磁石などの磁性材料は様々な場所で活用されている。電磁鋼板もその一つで,モーターや発電機,変圧器などに広く用いられているが,これらの電力–動力,電力–電力変換の際には磁性材料の中に形成された磁区(小さな磁石が同じ向きを向いて集団となっている領域)が動くことによりエネルギーの損失が生じる。

その損失は,日本全体で見ると一般的な家庭およそ600万軒分の電力消費量にも相当すると推計されている。従って,より損失の小さな磁区構造を持った電磁鋼板が開発できれば,大きな省エネルギー効果を生み出すことになる。

電磁鋼板のエネルギー損失には磁区の分布が深く関わっており,表面から内部に渡って形成された鋼板全体の磁区構造を知ることが重要になる。しかし,これまでの磁区を観察するための顕微鏡は200~300μmの厚さがある電磁鋼板の表面1μm程度までの深さしか観察することができず,鋼板全体の磁区構造は他の研究から想像するにとどまっていた。

このような状況のもと,研究グループは,その一員が平成29年に発見したX線磁気円偏光発光を利用した。X線磁気円偏光発光は,エネルギーが高く透過力を持った硬X線の磁気光学効果であるため,従来の磁気顕微鏡に比べて大きな観測深度が期待できる。また,以前から知られていた硬X線の磁気光学効果(磁気円二色性)と比べてX線磁気円偏光発光は約60倍の感度があり,高感度,高効率な測定も可能。

研究ではX線の高透過能により,これまでの磁気顕微鏡より一桁以上の深さ,およそ数十μmの奥深くまで透けて観測することができる磁気顕微鏡を大型放射光施設SPring-8の量研専用ビームラインBL11XUに構築し,電磁鋼板の磁区観察に成功した。エネルギー損失の鍵となる中の領域にまで磁区構造の観測が届くようになったことで,電磁鋼板の低損失化への大きな一歩を踏み出すことになる。

研究グループは今後,より深い領域の観察,深さ分解測定,測定の高速化により,中まで含めた磁性材料の磁区構造を三次元的に観察する手法の開発に取り組む。これにより,例えば,電磁鋼板の低エネルギー損失化を達成し,大きな省エネルギー効果,あるいは,高効率モーターの実現や自動車電動化の推進などへの貢献が見込まれるとしている。

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