量子科学技術研究開発機構は,高分子材料の改質手法である放射線グラフト重合技術に関し,従来の経験的な実験科学と機械学習(データ科学)を融合させ,重合反応に使用するモノマー(薬品)の物性情報だけでグラフト重合反応率を瞬時に予測できるAIモデルの創出に成功した(ニュースリリース)。
安価で軽量な加工しやすい高分子材料の機能は,原料となるモノマー(薬品)の種類や組成,反応条件などの様々な因子(パラメーター)が複雑に絡み合うことにより発現するが,その因子の組み合わせは無限に存在する。
そのため従来の高分子材料開発では,専門家の「経験や勘」を頼りに,非常に多くの因子を様々な組み合わせで実験を繰り返し,その中から候補となる特定の因子を探し出すという網羅的な探索手法がとられてきた。
研究グループは,機能性高分子材料開発の迅速化・高効率化を目指し,機械学習を活用した材料開発を進めている。その第一段階として,放射線を使ったグラフト重合技術による機能性高分子材料の開発において機械学習の有用性の検証を行なった。
今回のAIモデルの作成において,研究グループは量子化学計算の手法に注目した。具体的には,初めにモノマーの部分構造であるビニル基周辺の原子情報を詳細に分類し,種類ごとに量子化学計算により数値化した。
次に,数値化したデータをAIに学習させることで,高分子材料の機能性に重要な指標であるグラフト重合反応率を高い精度(決定係数0.71)で予測できるAIモデルの作成に成功した。
さらに,このAIモデルを構成する49種類の因子について,グラフト重合反応率に対する影響度を解析した結果,モノマーの「分極率」と「NMR化学シフト」が重要であることを見つけ出すことができた。
今回得られた成果はAIモデルを使った夢の高分子材料開発への第一歩だとする。今後のAIモデルの成熟により,従来の実験科学で必須の試行錯誤を伴う繰り返し実験は不要となり,数年単位が当然だった材料開発の短期化とそれに伴う開発コストの低減が期待できるという。
そのため,大規模な研究設備を持たない企業でも,新規な高分子材料創出が可能になり,我が国の材料開発の競争力の強化に繋がることが期待できる。さらに,この技術は,放射線を取り扱う特殊な環境だけでなく,一般的な高分子重合反応にも応用可能になることから,高分子材料に限らず広く新材料創製に貢献するものだとしている。