東北大学と東京大学は,イリジウムイオンがハニカム格子状に配列した新規酸化物Mn-Ir-Oの人工超格子を合成することに成功した(ニュースリリース)。
量子コンピューターなどの量子状態制御への応用可能性から,量子スピン液体が注目されている。イリジウムイオンがハニカム格子(蜂の巣)状に並んだ化合物は,この量子スピン液体をもたらす物質として素子への展開が期待されている。
しかし,量子スピン液体の候補物質は薄膜の組成を制御することが難しく,バルク結晶と同じ物性を薄膜で再現することは容易ではなかった。
研究グループでは真空成膜プロセスに適した物質群として,イルメナイト型酸化物に着目した。イルメナイト型酸化物は安定な結晶構造の一つであり,真空成膜手法を用いた薄膜化も可能。
研究グループは,作製実績のあったイルメナイト型 MnTiO3(反強磁性体)をベースに,パルスレーザー堆積法を用いてMn–Ir–Oという組成をもつイルメナイト型新物質の合成に取り組み,MnTiO3薄膜でサンドイッチした人工超格子を作製することで構造を安定化させることに成功した。
その結晶構造はイルメナイト構造に合致し,イリジウムイオンのハニカム格子を有することを明らかにした。さらに,Mn–Ir–Oでは,Mnのスピンが秩序化していない特異な磁気状態にあることを示唆する結果を得た。
イリジウムイオンのハニカム格子を薄膜として実現できたことで,量子スピン液体という興味深い磁気状態の制御に向けた足掛かりを作ることができた。人工超格子技術を駆使して天然に存在しない新物質を合成できたことは,物質合成技術としての真空成膜手法の有用性を示すものだという。
さらに,薄膜・界面の自由度を活用することで(例えば,異種物質との積層界面における応力印加や低次元性を用いた磁性の変調),量子スピン液体のバルク試料では実現できない物性制御手法の開発や汎用の磁気素子とは異なる動作原理の素子開発への道も開ける。
研究グループは今後,量子スピン液体において発現することが予測されている特異なスピン伝導現象の検証などの基礎的な原理検証を進めることで,将来的な量子状態制御に向けた多様な応用研究への展開が期待されるとしている。