大阪大学,東京大学の研究グループは,パイロクロア格子と呼ばれる正四面体のネットワーク構造をもつ固体結晶を舞台に,その格子点上に位置するモリブデンイオンがもつ電子スピンがガラス化する不思議な現象のメカニズムを,スーパーコンピューターを駆使した理論的な研究によって明らかにした(ニュースリリース)。
これまでこうした電子スピンのガラス状態は,不純物など外因性の強い乱れがある場合にしか理論的にはあり得ないとされてきた。そのため,こうした乱れのない純粋な物質で起こる電子スピンのガラス化が,実際になぜ起こるのかは大きな謎だった。
今回,研究グループは,電子スピンのガラス化の背後に潜む,電子のもう一つの顔,軌道自由度に注目した。原子核の周りをまわる電子を,太陽の周りをまわる地球に例えれば,スピンは地球の自転に,軌道は太陽の周りの地球の公転に対応する。また量子力学によれば,電子の軌道は「雲」のようなものとしてイメージできる。
パイロクロア格子は正四面体をつなぎ合わせた形状をもっており,正四面体の各頂点にあるモリブデンイオンのもつ電子スピンは,それぞれ隣の頂点の電子スピンと,電子軌道を介してお互いに強く影響し合う。
格子がきれいな規則的構造を保っているときは電子スピン間もすべて等しい関係にあるため,その影響がならされて互いにてんでばらばらの向きに自由に回転し,特定の磁気的な構造をもつことはない。
ところが,正四面体がゆがむと,電子軌道の形が変形し,この軌道を介した電子スピン同士の関係も変化する。例えば,隣同士の電子スピンで互いに同じ向きに向こうとする強磁性的な相互作用と,反対向きに揃おうとする反強磁性的相互作用という,場所によって異なった関係が生じる。
研究グループは,格子全体でみて四面体が不規則に乱れたパターンでゆがむ効果が,電子スピン間に空間的に乱れた関係をもたらすことに着目した。スーパーコンピューターによる大規模計算によって,電子スピンと,格子・軌道の歪みがともに乱れた状態のまま同時に凍結した,スピンと軌道のガラス転移が,もともと乱れのないきれいな結晶で起きることを理論的に示した。
これにより,ソフトマターから固体物理学にまでまたがった物理学の未解決問題である「ガラス転移」の理解が大きく進むことが期待されるとしている。