東京大学の研究グループは,電気化学反応を駆動力とする固体中のスピン転移現象を発見した(ニュースリリース)。
「スピン状態」は電子スピンの配列を反映した原子の基礎的な自由度の一つであり,物理的・化学的物性や反応性と深く関わりがある。このスピン状態が変化する現象が遷移金属イオンを含む物質で発現することがあり,例えば,スピンが平行に配列した「高スピン状態」と反平行に配列した「低スピン状態」が入れ替わると,物質の色や磁気的な特性を劇的に変化させることが知られている。
これまでに報告されているスピン転移現象は,高スピン状態と低スピン状態のエネルギーが拮抗している分子性錯体などにおいて,光や温度,圧力などの外部刺激を駆動力とするものがほとんどだった。
スピン状態やその転移現象は分子デバイスなどへの展開が期待され,学術的および応用的な研究が盛んな中で、電池などのエネルギー貯蔵デバイスや燃料電池などのエネルギー変換デバイスにおいて中心的な役割を果たす電気化学反応に関しての報告はほとんどなかった。
しかし,電気化学的な酸化還元反応は遷移金属イオンの電子数を大きく変化させるため,安定なスピン状態が変化する,すなわちスピン転移が引き起こされる可能性がある。
今回研究グループは,第一原理計算により,さまざまな遷移金属種を含む層状酸化物に対して各スピン状態の安定性を計算した結果,Co2+を含む遷移金属層状酸化物NaTi0.5Co0.5O2において,特異的に充放電反応に伴うスピン転移現象が発現する可能性があることを明らかにし,実際に合成したNaTi0.5Co0.5O2において,電気化学反応に伴う固体中のスピン転移現象を初めて確認した。
さらに,実験と理論双方による詳細な解析から,スピン転移の進行の様子も明らかにした。この機構は,溶液中の電荷移動反応と化学反応がカップリングするSquare Schemeと呼ばれる現象と類似し,この概念が固体電気化学反応にも拡張されることを初めて示したとしている。
二次電池の電極としての充放電特性を測定すると,通常の電極反応からは考えられないような非常に大きな電位ヒステリシスが観測され,この現象は第一原理計算によっても非常に良く再現さた。従って,スピン転移現象は固体電気化学の電圧を大幅に変調する因子として機能し,電極特性にも非常に大きな影響を与えることが明らかになったとする。
今回の発見は,固体中のスピン転移という基礎的な概念に対して,新たな駆動力を明確に示したもの。今後は,この現象の一般性や,物理的・化学的物性および反応性への影響に関して,さらなる本質に迫ることが期待されるとしている。