東北大学は,「スピン軌道ロッキング」と呼ばれる新しい原理を用いて,スピン緩和を抑制しながら高速にスピン回転制御できる手法を確立した(ニュースリリース)。
電子スピンは,電子の持つ微小な磁石の性質のことで,量子コンピューティングや人工知能に必要なハードウエア開発において,この電子スピンを自在に操ることが重要な要素技術となる。電子スピンの方向制御には,これまで外部磁場や物質内部に存在する有効磁場の周りでスピンを回転運動させる方法が用いられてきた。
しかし,多数の電子スピンが回転運動すると,互いの周期が僅かに異なることでスピン情報が失われるスピン位相緩和を避けることができず,量子コンピューティングを実現する上でのボトルネックと考えられてきた。
今回,研究グループは,スピン緩和を抑制しながらスピン制御を実現するために,InGaAs半導体量子井戸を用いたナノトランジスタ構造を作製し,弱い面直磁場を印加しながら電流を流した。ソースから出た電子は,サイクロトロン運動により,円軌道を描きながらドレインに流れる。物質内部に存在する有効磁場と平行に揃った電子スピンは,円軌道を描きながらスピン方向を180度回転させ,ドレインに到着する。
この時,電子スピンは常に有効磁場方向を向いており,スピン歳差運動は生じない。このような,軌道運動とスピン方向が結合する状態のことを「スピン軌道ロッキング」と呼ぶ。常に電子スピンが有効磁場と平行であるため,スピン位相緩和が抑制された状態でスピン回転操作を実現することができる。
ドレインを流れる電流の伝導度の磁場依存性と理論計算結果は,電子スピンが揃った状態では伝導度の増大が観測され,理論計算ともよい一致を示す。このことから,スピン軌道ロッキングを用いることで,スピン位相緩和を抑制しながらスピン回転制御が実現できる新たな手法を実現した。
研究グループは,今後,今回の研究は,量子コンピューティングや人工知能で用いられるスピントランジスタの原理として期待できるとしている。