慶應義塾大学の研究グループは,スピントロニクス素子の機能を有機分子により制御する新原理を明らかにした(ニュースリリース)。
電子の電気的性質(電荷)の流れである電流に加え,電子の持つ磁気的な性質(スピン)を利用するスピントロニクス技術によって,電子デバイスの飛躍的な性能向上が実現されてきた。スピントロニクス技術に特有な機能は,電子のスピンの流れ「スピン流」によって担われる。最近では,さらに高速・省エネルギーなデバイスを目指し,電流とスピン流の変換にスピン軌道相互作用を用いる方法が注目を集めている。
これまでの研究により,半導体素子では,スピン軌道相互作用の強さを外部から制御する手法が確立されており,これにより可能となる様々な機能性が提案されている。しかし一方で,金属をベースとしたスピントロニクス素子では,スピン軌道相互作用を制御することは非常に困難であることが知られていた。
今回の研究では,ビスマスと銀の接合,さらに磁性体を含むスピントロニクス素子において,電流とスピン流の変換現象を測定した。この素子の表面に有機分子を自己組織化形成したところ,電流とスピン流の間の変換効率を増大・減少させることに成功した。
異なる有機分子を使った実験の比較から,この結果が,スピントロニクス素子表面への有機分子の形成によって,ビスマスと銀の界面のスピン軌道相互作用が変化したことに起因することを明らかにした。さらに,光を照射することで構造を変える有機分子を用いることで,電流とスピン流の間の変換効率を光学的に制御することも可能であることを明らかにした。
今回の研究により,金属ベースのスピントロニクス素子に存在する巨大なスピン軌道相互作用を制御するルートが初めて明らかとなり,電流とスピン流間の高い変換効率を実現するための新原理が見出された。これによりスピントロニクス技術の更なる進展が可能となるだけでなく,有機分子に
より誘起される新現象の開拓へと繋がることが期待されるとしている。