慶應義塾大学と日本原子力研究開発機構(原研)は,銅に音波を注入することによって電子の持つ磁気の流れ「スピン流」を生み出すことに成功した(ニュースリリース)。
これまでのスピン流生成には,プラチナのような貴金属や磁石が用いられており,銅のような安価な金属は不向きとされてきたが,原研は,室温で磁気を持たない銅やアルミニウムなどの金属でも,マクロな角運動量を与えることにより,金属中に電子のスピンの方向が揃った状態(スピン蓄積状態)を作ることができる理論を発表している。
しかし,音波によって金属原子に与えられる回転は,空間的に不均一であり,時間的に回転方向が変動するため,音波によって作られるスピン流も同様に空間的に不均一で向きも時間振動する。このように激しく変動するスピン流は検出が難しく,これまで実験的な検証は行なわれてこなかった。
今回研究グループは,1秒間に10億回以上の速さで原子が回転するレイリー波と呼ばれる音波を銅に注入することによって,スピンの方向が周期的に変化する「交流スピン流」を生み出し,磁石の磁気量を大きく変化させることに成功した。さらに,磁場を用いてレイリー波と磁気量の変化の周波数を一致させたとき,レイリー波の振幅が大きく変化する現象を発見した。
この現象は,銅を取り除いたり,銅とニッケル・鉄合金の間にスピン流を通さない酸化シリコンを挟むと,ほとんど消失する。これらは,理論の予言通り,レイリー波が銅に交流スピン流を作ることと,生成された交流スピン流が銅に貼り付けられたニッケル・鉄合金の中の磁気量を激しく変化させることを証明する決定的な実験結果。
さらに,銅を厚くすることにより,磁気量の変化を簡単に増加できることも発見し,この技術がデバイス応用の観点から極めて有望であることがわかったという。
今回,交流スピン流の生成に用いたSAWフィルター素子は,スマートフォンなどの携帯情報通信端末に広く搭載されている。この研究で実証された新しいスピン流生成法は,このSAWフィルター素子を用いてスピン流を生成し,携帯端末内で情報記録やデジタル情報処理を行なう磁気デバイスの機能動作を省電力に制御できる可能性を提供するもの。
また,従来のスピン流生成法とは異なり,磁石や貴金属を必要としないため,磁気デバイスの高性能化・省電力化だけでなく,安価なレアメタルフリー技術として大きく貢献できるとしている。