横浜国立大学と筑波大学の研究グループは,位相制御した単一サイクルのテラヘルツ波を走査トンネル顕微鏡(STM)の探針・グラファイト試料間の1nmのギャップに照射することにより,250フェムト秒という極短時間に数万〜数10 万個の電子を自在に探針・試料間で行き来させることに成功した(ニュースリリース)。
近年,超短パルスフェムト秒レーザーの位相を制御した2,3サイクルの近赤外光パルスを用いて,様々なナノ構造体において電子の超高速コヒーレント制御が実現しつつある。これらの研究成果は,次世代の超高速ナノエレクトロニクス開発に対する重要な要素技術となっている。
一方,近赤外光パルスをナノ空間に集光すると,高い光子エネルギーの結果発生する大きな熱膨張によりナノ構造が容易に破壊されてしまうという問題があった。
最近,強誘電体にフェムト秒レーザーを照射することにより,単一サイクルの高強度テラヘルツ波を発生させることができるようになった。テラヘルツ波の光子エネルギーは近赤外光パルスのそれよりも3桁ほど低いため,ナノ構造 を破壊せずに電子を超高速制御することが期待されるが,テラヘルツ波の位相を自在に制御する手法はこれまで開発されておらず,その電子制御には限界があった。
研究では,幾何光学的手法を用いることにより,発生したコサイン型のテラヘルツ波の位相(φ=0)をφ=π/2(サイン型), φ=π(反転したコサイン型)に変換することに成功した。これらは,光路に1対の円筒形レンズあるいは球形レンズを挿入することにより簡単に実現できる。
この位相制御したテラヘルツ波をSTMの探針と試料間の〜1nmのギャップに照射することにより,電子移動を自在に制御することに成功した。すなわち,コサイン型のテラヘルツ波を照射すると探針から試料へ,反転したコサイン型テラヘルツ波を照射すると試料から探針に電子は移動する。一方,サイン型を用いると,STMの直流電圧の符号を反転させるだけで何れの方向にも電子は移動する。
STMの探針増強により,入射したテラヘルツ波の電場強度は100,000培にも増強される。増強して得られた最大電場強度(〜160MV/cm=〜16V/nm)はこれまで報告されている最大強度よりも〜2倍も大きいもの。単一サイクルの巨大な電場が,探針と試料間のポテンシャルを250フェムト秒という極短時間で瞬間的に変調するため,数万〜数10万個という多くの電子を所望の方向に一気に流すことができるという。
今回の成果である,位相制御テラヘルツSTMは,電子を超高速で制御する新規のプラットフォームを提供するものであり,将来のナノエレクトロニクス開発に新たな方向性を示すもの。更には,STMは原子分解能を持つことから,開発した手法は,近い将来「原子スケールかつ超高速で物質の持つ諸特性を自在に制御できる強力なツール」になることが期待できるとしている。