東京工業大学と京都大学は共同で,希少元素を含まず,赤色発光デバイスや太陽電池への応用が期待できる新しい窒化物半導体を発見した(ニュースリリース)。
窒化物は半導体としての応用に適した電子・光学物性だけでなく,地球上に豊富に存在する窒素の化合物というメリットをもつ。
しかし,現在実用化されている窒化物半導体は,緑色や青色,紫外線の発光ダイオードに用いられる窒化ガリウムと,窒化インジウムまたは窒化アルミニウムとの固溶体にほぼ限定されている。また,既存の赤色や黄色の発光ダイオードには,高コスト,希少,あるいは使い捨てや廃棄が容易でない元素が使用されている。
希少元素を含まず,伝導キャリア(電子や正孔)の輸送特性に優れ,さらには太陽光をはじめ,人類にとって有用な光の波長領域のバンドギャップをもつ窒化物半導体が開発できれば,赤色の発光デバイスや太陽電池など,窒化物半導体のより広範な応用が期待できる。
研究グループは,最先端の第一原理計算を用いたマテリアルズ・インフォマティクスと高圧合成実験を連携させて,新しい窒化物半導体を探索した。様々な候補物質を対象に計算スクリーニングを実行し,伝導キャリアの輸送に有利な電子構造の観点から,亜鉛を含む3元系窒化物半導体に対象を絞り,既知および仮想的な物質を含む約600種類の候補物質のリストを作成した。
その候補物質を対象に,格子振動に対して結晶が安定に保たれること,3元系状態図における競合相に対して安定またはわずかに準安定であること,バンドギャップをもつこと,有効質量が小さいことを条件に,半導体として有望な物質を絞り込んだ。
計算スクリーニングにより,21種類の窒化物半導体を選定した。合成の報告すらない新物質の中でも,CaZn2N2は,Ca,Zn,N(カルシウム,亜鉛,窒素)という豊富な元素のみで構成されるだけでなく,以下の計算結果から特に有望な新物質といえる。
1.発光や吸光に適した直接遷移型のバンド構造を有する。バンドギャップは1.8eVであり,赤色の発光が期待できる。またSrZn2N2,CaMg2N2などの類縁窒化物との固溶体化により,バンドギャップを1.6eV~3.3eVの範囲で制御可能。
2.電子の有効質量が電子静止質量の0.2倍,重い正孔の有効質量が0.9倍と小さく,電子や正孔の輸送に有利。これらは,例えば窒化ガリウムの電子の有効質量が電子静止質量の0.2倍,重い正孔の有効質量が2.0倍であることと比べても優れた値。
3.p型とn型の両方にキャリアの制御が可能。つまりシリコンやヒ化ガリウムのような既存の半導体と同様なデバイス構造が利用できる新半導体。
このCaZn2N2を合成実験のターゲットとし,3元系状態図の計算よりCaZn2N2が高い窒素分圧下において安定であることを踏まえ,高圧合成を行なった。計算から予測された通り1,200℃,5.0GPa(約5万気圧)の高温・高圧条件下においてこのCaZn2N2相が得られ,その結晶構造は予測されたものと等しいことが分かった。
また,実験で得られた格子定数と計算による予測値との差は0.3%と小さく,今回の理論予測が高精度であることを実証した。さらに拡散反射測定およびフォトルミネッセンス測定により,バンドギャップは1.9eVと理論予測にほぼ一致する値に見積もられ,直接遷移型のバンド構造を示唆する急峻な光吸収スペクトルの立ち上がりと赤色発光を観測した。
11種類の有望な新3元系窒化物に関する理論予測と,CaZn2N2の実験的な実証に関する以上の結果は,窒化物半導体のこれからの応用の可能性を広げるだけでなく,マテリアルズ・インフォマティクスにより物質探索を加速できることを示す実例となるもの。今後,新物質のさらなる開拓が期待できるとしている。
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