九州大学の研究グループは,安静時における脳活動の詳細な時空間構造,更にそれが脳血流に変換される様子を観察することに成功した(ニュースリリース)。
安静時脳活動の詳細な時空間構造は,安静時脳活動により脳のネットワーク構造のどのような性質が抽出されているのかを知る上で基本的な情報だが,既存の実験技術では脳全体に渡って同時に神経活動を計測することが難しいため,その実態を観察することは困難だった。
また,安静時の神経活動と脳血流信号との関係はヒトを被験者としたfMRIにより得られたものであり,神経活動そのものではなく二次的に起きる脳血流の変化を見たもの。従って神経活動と脳血流との対応関係は,これらのfMRIによる知見が実際の神経活動をどの程度反映しているのかを判断するだけでなく,fMRIで見た安静時脳活動の変化(例えば脳疾患による変化)の意味を明らかにする上でも重要な意味を持っている。
今回,安静時における神経活動の詳細な時空間構造と,その脳血流への変換過程という二点を明らかにすることを目的として,最新の遺伝子改変マウスと光学的な活動観察の手法を組み合わせた実験を行なった。
研究グループは先ず,大脳皮質の広い領域において神経活動と脳血流を同時に観察出来るシステムを開発した。神経細胞の活動を大脳皮質全体で記録するために,大脳皮質の全ての神経細胞がカルシウム感受性タンパク質(GCaMP)と呼ばれるセンサーを発現する遺伝子改変マウスを利用した。
GCaMPから出る緑色の蛍光を見ることで,カメラで撮影できる全域に渡って同時に神経活動を観察することができた。さらに,赤色の光で大脳皮質全体を照らして反射光を記録することにより,神経活動に伴う脳血流の変化も同時に観察できるようにした。また,微弱な信号を観察可能にするため,頭蓋骨を広い範囲でガラス板に置き換える手術法を使用した。
マウスの脳は平坦で大脳皮質の大部分が脳の背面上に出ているため,このシステムにより大脳皮質のほぼ全域に渡って神経活動とそこから生じる脳血流信号を同時に計測することが可能になった。
次に,軽い麻酔下で安静にしているマウスで長時間の観察実験を行なった。その結果,大脳皮質全体に渡って波のように伝わる神経活動が存在することを発見した。このような活動の波の存在は以前の研究でも知られていたが,研究グループは新たに,大脳皮質全体を伝わる波の伝わり方が機能的結合に似た特徴的な空間パターンを生み出すことを明らかにした。
また,神経活動と同時記録した脳血流信号との関係を詳細に分析したところ,神経活動で見えていた特徴的な空間パターンは脳血流信号の空間パターンへと正確に変換されていた。脳血流の空間パターンは神経活動の空間パターンが現れてから2~5秒程度の時間遅れを伴って立ち上がっており,この遅れは神経活動が脳血流に変換されるのに必要な時間を表していると考えられるという。
更に研究グループは,このような神経活動の特徴的な空間パターンが,脳血流信号の時間相関から計算した機能的結合の空間パターンに実際に寄与していることを示した。これらの研究結果から,安静時の神経活動は大脳皮質の広域に渡る波のように伝わっていること,その伝わり方の中に機能的結合の空間パターンが埋め込まれていること,更に神経活動の空間パターンが脳血流信号へと変換されて見えていることが分かった。
脳は何もしていないように見える安静時においても活発に活動しており,脳の構造について重要な情報を与えてくれる。今回の結果は,このような安静時脳活動が大脳皮質全体を伝播する大規模な神経活動から生じていること,さらにその特徴的な活動パターンが脳血流信号の変化として観察可能なことを明らかにした。
今回の研究で得られた知見は安静時脳活動を利用した大脳ネットワークの研究や脳疾患診断への応用に繋がる基礎的な知見となるもの。今回は麻酔した動物を使用したが,覚醒下の動物で同様な結果が得られることを確認するのは重要な課題となる。また,今回見られた安静時脳活動が外部からの刺激により引き起こされる脳活動とどのように相互作用するかを明らかにすることは,脳のダイナミックな情報処理を理解する重要な課題だとしている。
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