東北大学,大阪大学,独ケルン大学らの研究グループは,新型トポロジカル物質「ワイル半金属」の発見に成功した(ニュースリリース)。
あたかも質量のないような粒子として物質中を高速に移動する「ディラック電子」をもつ物質が注目されている。代表的としてグラフェンが知られている。グラフェンのディラック電子はシリコンの10倍以上の移動度を持ち,極めて高い電気伝導・熱伝導性を示す。
超高速かつ低消費電力デバイスへの応用を目指して,グラフェンや,それに続くディラック電子物質の研究が進んでいる。これまで発見されたディラック電子は,グラフェンのように極めて薄い2次元領域に存在する。その拡張として,3次元的なディラック電子をもつ物質ができれば,応用は格段に広がると考えられる。
3次元空間での質量ゼロの粒子は,「ワイル粒子」という,ディラック電子と似ていながらも本質的に異なる粒子であることが知られている。ワイル粒子は光速で移動する粒子として提案されていたが,素粒子として実証された例はまだない。
しかし最近になり,ある種の半金属において電子のスピン縮退を解くことで,物質内にワイル粒子が生成されるという予測がなされた。このワイル粒子にはトポロジカル(位相幾何学的)な性質があり,カイラリティ(スピンと粒子の運動方向が平行か反平行かを表す指標)の符号の異なる2つの粒子がペアで発現する。
その2つのワイル粒子は,互いに衝突しない限り絶対に質量を持つことがないという際立った性質がある。 このワイル粒子を物質内に内包した新しい種類の物質「ワイル半金属」がごく最近理論的に提案され,その物質合成とワイル粒子の実験的検証が強く待ち望まれていた。
今回,研究グループは,NbP(Nb:ニオブ,P:リン)の高品質大型単結晶の育成に成功し,外部光電効果を利用した角度分解光電子分光を用いて,NbPから電子を直接引き出して,そのエネルギー状態を高精度で調べた。
ワイル半金属の表面では,「フ ェルミ弧」という,開いた形状の電子状態が発現することが理論的に予測さ れている。研究チームは,NbPの結晶構造に着目し,Nb表面とP表面の二つの異なる表面の電子状態を詳しく調べ,ワイル半金属を特徴付けるフェルミ弧電子状態が,Nb表面とP表面で全く異なる形状をしていることを明らかにした。
研究チームはさらに,二つのフェルミ弧を重ねることで,その交点が固体中でワイル粒子の存在する位置に対応していることも見出した。この結果により,NbPが新型のワイル半金属であることが実験的に確立された。
今回の研究は,ワイル粒子という長年その実証を待ち望まれていた粒子が,実際の固体物質内に存在することを示したもの。ワイル粒子は,高い電気伝導・熱伝導性という際立った性質を持つため,今回の発見により,低消費電力の超高速電子デバイスの開発に弾みがつくと考えられる。
さらにワイル半金属では,磁場がなくてもホール電圧が発生する異常ホール効果や,磁場と同じ方向に電流が生ずるカイラル磁気異常といった様々な興味深い現象が理論的に予測されており,今回の発見を契機にして,これらの研究が大きく進展することが期待されるとしている。
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