東京大学と東京工業大学は共同で,指の力を加えるだけで電気伝導率が約2倍になる,新しい半導体材料を開発した(ニュースリリース)。有機半導体は,電気伝導特性や電界効果特性などのさまざまな物性が調べられてきたが,応力による歪を加える効果については,あまり詳しく研究されていなかった。
研究グループが開発したデバイスは,単結晶の有機半導体を用いるため,応力に対する電流の応答が物理的に対応するセンサー機能を有する特長がある。通常の有機半導体トランジスタでは,結晶軸方向がランダムな結晶粒の集合である多結晶であるため,応力による歪の効果が結晶粒間の電流に影響し,応答の大きさは制御できない。
研究グループが開発した高移動度の有機半導体材料であるC10-DNBDTを,50nm以下の厚さの薄膜結晶化する独自の溶液塗布による製膜方法を用いることによって,高い感度を実現する構造を構築した。インク溶液から液中成分の結晶を成長させる手法を用いることにより,将来印刷による簡便な方法で低コストのデバイス製作が可能になる。
さらに,プラスティックフィルム上に作製した単結晶有機半導体トランジスタに加える応力を制御して,信頼度の高い電気伝導度測定を可能にする応力歪導入装置を開発した。単結晶の有機半導体トランジスタに,この装置によって応力歪を正確に導入することに成功し,精密な応力効果測定を可能にした。
プラスティックフィルム上に作製した単結晶有機半導体トランジスタに,指でも可能な程度の小さい応力を加えたところ,3%もの歪が得られる柔軟性を示し,かつ伝導度が約2倍にもなる巨大な応力歪応答を見出した。これは,従来の金属薄膜歪センサーより,15倍も高い歪感度が実現していることを意味する。
また,通常は,電圧入力に対する電流出力の応答が速い高性能の有機デバイスを開発するために,新規化合物の合成に頼るが,研究グループは,歪効果によって大幅な性能向上を実現できることも示している。実際,半導体の性能指標である移動度は,現状最高レベルである10cm2/Vsから17cm2/Vsに向上し,電流応答のスピードが1.7倍に向上できることを示した。
さらに,応力下での結晶構造解析と琉球大学らによる理論計算によって,こうした巨大な応答を実現するメカニズムが,分子の熱振動を抑制する新しい応力の効果によることを突き止めた。
単結晶高移動度有機物半導体薄膜は,印刷による簡便な方法で低コストの量産が可能であるため,今後,心拍センサーなどのヘルスケアデバイス,介護用ロボットの入力に必要な人体動作センシングなどへの展開が期待されるという。
また,橋や道路などの構造物の劣化診断用の歪センサーや,物流過程でのショック検出など,IoT社会の基盤になるさまざまな低コストセンサへの適用が期待される。研究グループは,パイクリスタルと共同で,デバイス開発を進めるとともに,社会実装への取り組みを行なう。
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