産業技術総合研究所(産総研)は,近赤外レーザーを利用した生体深部のがん治療用材料への応用が期待される,優れた光発熱効果を示すナノコイル状の新素材を開発した(ニュースリリース)。
がんの三大療法は手術療法,化学療法,放射線療法であるが,さらに安全で患者への負担の少ない新たな治療法が切望されている。このため第四の治療法として,正常細胞に比べて,相対的に熱に弱いがん細胞だけを死滅させるために,がん細胞近くでの光発熱効果を利用した温熱療法(光熱療法)が,注目を集めている。
この治療法の実用化のため,生体深部まで透過できる近赤外光を吸収し,少量でも効果的に発熱する安全な材料が望まれてきた。特に,体内分泌物質であるドーパミンが自発的に重合してできるPDA(ポリドーパミン)は,優れた生体適合性を示し,簡便に量産できるため,次世代の光熱療法に向けた有力材料と考えられている。しかし,PDAは他の材料に比べて光発熱効果が低いことが課題であった。
ある種の無機導電材料では,形状を粒子状からコイル状に変えることで,電磁波や光を効果的に吸収して発熱することが知られている。そこで研究グループは,PDAの形状を従来の粒子状からコイル状へと変換すれば,光発熱効果を改善できると考え,PDAが吸着しやすい有機ナノチューブを選択し,コイルの「鋳型」として用いてナノコイル状のPDAを作成することに取り組んだ。
電荷を持たない有機ナノチューブをドーパミン水溶液に添加してドーパミンを重合させても,コイル状のPDA(ナノコイル状PDA)は得られなかった。そのため,負電荷を持つ分子が少量混入した有機ナノチューブ(外径約190nm,内径約70nm,長さ800nm~4μm)を鋳型としたところ,ドーパミンが有機ナノチューブ表面に吸着して重合が進行し,PDA(太さ約100nm)が有機ナノチューブにコイル状に巻き付いたナノコイル状PDAが作製できた。
有機ナノチューブの外表面では負電荷がらせん状に局在化しており、そこにある割合で正電荷を帯びたドーパミンが吸着しながら重合が選択的に進行するためと考えられるという。
光発熱性能を比較するためナノコイル状PDA,ナノファイバー状PDA,ナノ粒子状PDAをそれぞれ含む水分散液0.3ml(PDA濃度:0.08wt%)に,波長785 nmの近赤外レーザーを10分間照射した。照射後,ナノコイル状PDAの分散液では,ナノファイバー状やナノ粒子状に比べて,2倍以上の温度上昇が見られた。
このナノコイル状PDAの顕著な温度上昇は,コイル形状のPDAがアンテナの役割をすることで,ファイバー状あるいは粒子状に比べてより効果的に近赤外光を吸収し,発熱するためと考えられるという。さらに,ナノコイル状PDAを,培養したヒト子宮頸部(けいぶ)がん細胞(HeLa)に添加し近赤外レーザーを照射すると,約65%の細胞が死滅した。
ナノコイル状PDAが細胞表面に多数吸着し,細胞の近くが高温になることで,がん細胞が死滅したと考えられるという。有機ナノチューブだけでは,細胞の死滅率が低いことから,ナノコイル状PDAが優れた光発熱効果を示すことがわかった。
研究グループは今後,光発熱効果の効率向上や,各種のがん細胞に選択的に吸着させるための最適化とともに,正常細胞への安全性評価なども進める。また,今回発見したナノコイル状PDAの優れた光熱変換効果を活用し,太陽電池などの省エネルギー分野への応用も検討していくとしている。
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