東工大,分子の吸着構造を区別できる分光法を開発

東京工業大学と物質・材料研究機構は,分子の吸着構造を区別できる単分子分光法の開発に成功した(ニュースリリース)。単分子の電流―電圧特性,表面増強ラマン散乱(SERS)の同時計測を可能とするシステムを新たに構築して実現した。

有機薄膜トランジスタ,有機太陽電池などの有機デバイスでは,分子と金属接合界面の局所構造がデバイス性能に決定的な役目を与える。金属に対する分子の配向角,そして吸着サイトによって,金属と分子の間の電子移動の速度,電気伝導性が変わり,デバイス特性が変化する。分子の吸着構造の決定およびその制御は有機デバイスの信頼性,性能向上において重要な課題となっている。

しかしながら,現在,金属―分子接合界面の局所構造を分子レベルで完全に制御することは困難で,分子ごとに異なった吸着構造をもつ。この吸着構造の揺らぎによるデバイス特性のばらつきは,有機デバイス開発で大きな課題となっている。このデバイス特性の揺らぎは単分子を用いた分子デバイスではより顕著となり,実用化の大きな障害となっている。

上の図は,開発した単分子の表面増強ラマン散乱(SERS)と電流―電圧特性の同時計測装置の概念図および実験に用いたナノ電極の電子顕微鏡図。実験では,まず分子を吸着させたナノ電極を破断することでナノギャップを作製した。室温で分子は電極表面上を動いている。ナノギャップまで到達した分子が両電極間を架橋することで,単分子接合が形成される。

下の図は伝導度とSERSの同時計測結果。単分子接合に対応する領域IIにおいてSERSが著しく増強されていることが分かる。(b)は多数の単分子接合について計測した電流―電圧特性(I-V)の分布。高伝導度状態(H),中伝導度状態(M),低伝導度状態(L)と三状態が選択的に形成されている。(c)はI-Vから求めた金属と分子の波動関数の重なり(coupling=カップリング)の分布関数で,三状態が明瞭に区別されている。

理論計算により単分子接合の伝導度、カップリングを求め、実験結果と比較することで,(c)に示すようにHが2つの原子の隙間(bridge)のサイト,Mが最表面の金属原子3個あるいは4個の隙間(hollow)のサイト,Lが原子の直上(atop)のサイトに対応することを明らかとなった。単分子接合のI-Vを計測することで,これまで困難であった金属―分子接合界面の局所構造の決定が可能となった。

さらに詳細にI-VとSERSの同時計測結果を解析することで,bridgeに対応するHサイトの場合のみSERSが観測されることが明らかになった。(c)において,オレンジに着色した接合がSERSの観測された接合。この結果は逆に言えば,SERSが観測される単分子接合では分子がbridgeサイトに吸着しているということになる。I-VとSERSの同時計測を行なうことで,サイト選択的な分光計測に成功した。

現在,金属と分子の組み合わせを適切に選択することで,有機デバイスの局所構造をある程度は制御することが出来るようになりつつある。今回,サイト選択的な単分子分光法の開発に成功したが,この手法を用いることで,確実に特定の吸着構造をもつ単分子素子を選びだすことができる。抽出した単分子素子のみを使って回路を組むことで,信頼性の高い分子デバイスを実現できるとしている。

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