物質・材料研究機構(NIMS)と,米パデュー大学の研究グループは,金属と誘電体が周期的に積層したメタマテリアルが,特定の周波数の光に対して屈折率がゼロになるなど特殊な光学特性を持つことを,世界で初めて理論的に明らかにした(ニュースリリース)。
メタマテリアルは自然界に存在する材料では得られない光学特性をもつことができるため,光学分野において非常に盛んに研究が行なわれている。例えば,負の屈折率を持つ物質,透明マント,巨大旋光性を 持つ物質等が挙げられる。このようなメタマテリアルの出現によって,光を操作する自由度が格段に上がり,高機能光デバイスへの展開も見込まれている。
メタマテリアルにはいくつかの種類があるが,その中でも金属と誘電体の周期多層膜からなる一次元構造を持つものは,ハイパボリックメタマテリアル(HMM)と呼ばれている。HMMは実効的に極端に強異方性を持つことが知られていて,それにより超高解像度のレンズ,ナノスケールの光の干渉,単一光子光源の発光効率の向上などの新奇の特性が見出されている。
HMMの構造は単純であるものの,前述のように特異な応用が数多く見つかっており,HMMの研究はここ数年盛り上がりを見せている。HMMの光学特性を理解するために,従来の研究では有効媒質近似がしばしば用いられてきた。この近似の精度は比較的高いものの,有限の周期構造からなるHMMを均質化してしまうため,HMMの局所的な構造に起因する光学特性(非局在性)は無視される。
研究では,マクスウェル方程式を解析的に解くことでHMM中の光の伝播を厳密に記述した。そして,光の周波数を固定した時の光学特性を表す等周波数面解析の結果,ある特定の周波数において,有効媒質近似では現れない,非局在性に起因する臨界状態が生じることが初めて明らかになった。
臨界状態での等周波数面は,波数空間の原点を通り円錐形をしている。この状態に起因することとして,まず実効屈折率がゼロになることが挙げられる。屈折率ゼロの物質中では,波長が無限に長いため光はその物体の形状がどれほど曲がったりねじれたりしていても伝播することができる。従来の光ファイバーや光導波路は,ある程度以上曲げると光が漏れて伝播損失が発生して効率が落ちてしまうが,屈折率ゼロの物質を使えば,そのような損失なく光を伝播することが期待される。
もう一つの特徴は,外から入射された光に対して円錐状に屈折するため屈折後光は円錐状のビームとして伝播すること。比較のために水やガラスなどの界面での光の屈折を考えると,光が屈折して界面でものが折れ曲がって見えるが,光は正の角度に屈折されるだけ。ここに挙げた特徴以外にも臨界状態及びその周辺では特異な光物性が観測される可能性があり,今後の研究の進展が待たれるとしている。
今回明らかになった臨界状態での特殊な光学特性は,これまでの光学材料では見つかっていない新たな特性であり,超高感度の光学フィルターや波長板への展開やフォトニック集積回路への応用が考えられるほか,固体物理への波及効果も期待されるという。
光学材料の等周波数面は金属などの電子の状態を表すフェルミ面に対応する。金属のフェルミ面の形状変化(リフシッツ転移)の前後では,金属の物性が大きく変わることが知られていて,興味深い現象を多く含んでいる。
しかし,その観測は極限環境が必要なことから実験的に難しいのが現状。一方,HMMを含めた光学材料の等周波数面の形状は入射光の周波数(波長)を変えるだけで実験的に容易に観測できるため,将来,この研究のように光学材料についての臨界状態周辺の研究が,固体物理の転移に係る研究を誘発できるかもしれないとしている。
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