東北大,ミクロな磁気構造のゆっくり変化に統一的な理解

東北大学の研究グループは,金属性の磁石からなる細線の内部に形成されたミクロな磁気構造が外部からの駆動力によってゆっくりと変化するクリープ運動を詳細に調べ,駆動力の種類(磁場,電流)とその物理的な作用のしかたに関して統一的な理解をもたらした(ニュースリリース)。

我々の身の回りには,液体の浸透,バクテリアコロニーの成長,金属や高分子材料の塑性変形,地底プレートの運動など,領域と領域の境界部分(界面)が形状を変形させながらじわじわと一方向に移動していくクリープ運動と言われる現象が見られ,その界面の運動速度はいずれも駆動力のべき乗で表されるスケーリング則で記述できることが知られている。

この「べき」の値はスケーリング指数と呼ばれ,界面の次元,駆動力の対称性,系と界面の相互作用の様式のみによって決まる。そして現象が同一のスケーリング指数で記述できる場合,それらの間には「普遍性」があると言うことができる。このような研究は,巨視的な観測結果が微視的な世界の相互作用を反映したものであることから,統計力学における非常に興味深い問題である。

磁石の内部はN極/S極の磁化方向が揃った「磁区」と呼ばれる領域に分かれており,それらの境界にはナノメートルスケールで磁化の方向が緩やかに変化する「磁壁」が形成されている。磁壁の位置は磁場や電流によって移動させられることが知られており,近年ではこれを利用した高性能な磁気メモリデバイスの開発が活発に行なわれている。

また最近の研究から微弱な磁場や電流を印加した場合には,磁壁はスケーリング則で記述できるクリープ運動をすることが分かっていたが,その普遍性に関して統一的な理解は得られていなかった。具体的には,強磁性半導体からなる細線においては磁壁が電流と磁場で駆動された場合で異なる普遍性クラスに属するのに対し,強磁性金属からなる細線においては同一の普遍性クラスに属することが実験で示されていた。

研究では強磁性金属材料であるCoFeBからなる細線を用い,磁場及び電流によって誘起されるクリープ運動の普遍性クラスを調べた。用いた試料の膜構成は,基板側からTa/CoFeB/MgO/Taとなっており,CoFeBとMgOの間で形成される特殊な電子状態により,磁化は基板垂直方向に向くように設計されている。

試料をリソグラフィーでマイクロメートルスケールの細線に加工し,磁気光学効果を利用した顕微鏡により,磁場・電流によって誘起される磁壁の移動を観察した。試料を様々な温度に保った状態で,磁場及び電流の大きさを変えて磁壁移動速度を測定し,その関係からスケーリング指数を求めたところ,磁場・電流それぞれの場合で温度や細線幅などには依存しない《普遍的な》スケーリング指数が得られた。

興味深いことに,従来の強磁性金属材料で得られていた結果とは異なり,今回用いた金属製の試料では磁場と電流の場合で異なる普遍性クラスに属することが分かった。これは磁場と電流では磁壁に対する働き方が本質的に異なっていることを意味している。

また磁場で駆動されたクリープ運動は,これまでに理論的に知られていた普遍性クラスに属するのに対し,電流の場合には既存の理論では説明されない普遍性クラスに属し,このときのスケーリング指数は以前強磁性半導体において観測されていたものと近い値となった。

電流を印加した際の磁壁の振る舞いを詳細に調べた結果,磁場とは対称性の異なる断熱スピントルクが磁壁に作用していることが分かった。すなわち,断熱スピントルクが支配的に働くように膜構成が設計された試料においては,材料の性質(金属か半導体か,その微視的な構造がどうであるか,など)には依存しない普遍的な磁壁クリープ特性が実現されることが明らかになった。

この成果は,基礎物理,デバイス応用の両面で意義を有する。基礎物理の観点では,磁場と電流の磁気構造への作用のしかたに本質的な差異があり,これが試料の材質や微視的な構造には依存しない普遍的なものであることが明らかになったという点が挙げられる。また形状が可変な弾性界面のクリープ運動に関する一般的な理解がより一層深まった。これは第二種高温超伝導体中の磁束の運動などを理解する上でも重要な知見をもたらすことが期待される。

デバイス応用上の意義としては,磁壁移動デバイスの実現のための有用な知見が得られたという点が挙げられる。これまでの研究から,磁壁を断熱スピントルクで駆動させた場合には,駆動に必要な電流は磁壁位置の熱安定性とは独立に決まることが示されており,応用上好ましい特性が得られることが分かっていた。

今回の研究から,断熱スピントルクを有効に作用させるための材料の設計指針が明確になり,これにより現在行なわれているデバイス開発をより一層発展させられることが期待されるとしている。

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