東工大,50年の常識覆し巨大負熱膨張材料に光

東京工業大の研究グループは,ペロブスカイト型酸化物PbCrO3(クロム酸鉛)の価数分布が,50年間信じられてきたPb2+Cr4+O3ではなく,「Pb2+0.5Pb4+0.5Cr3+O3」であることを発見した(ニュースリリース)。放射光X線と電子顕微鏡を用いた解析で50年来の謎を解いた。

ペロブスカイト酸化物は,強誘電性,圧電性,超伝導性,巨大磁気抵抗効果,イオン伝導など,多彩な機能を持つため,盛んに研究されている。PbCrO3(クロム酸鉛)は,強誘電体として良く知られているPbTiO3(チタン酸鉛)からの類推で,Pb2+Cr4+O3の価数状態を持つと50年間もの間信じられてきた。

しかし,PbTiO3に比べて約2%大きな体積を持つこと,また,Cr4+を含む化合物に期待される金属伝導性を示さず,絶縁体であることなどが長年の謎であった。さらに最近,2万気圧への加圧で10%もの巨大な体積収縮が起こることが発見され,そのメカニズムの解明が望まれていた。

今回の研究では,PbCrO3がPb2+0.5Pb4+0.5Cr3+O3の価数状態を持つこととともに,2価の鉛と4価の鉛がランダムに存在する「電荷グラス」状態であることが分かった。異なる価数のイオンがランダムに凍結する「電荷グラス」は,価数を整数からずらした銅酸化物やマンガン酸化物で見つかっているが,整数価数の酸化物で観測されるのはこれが初めて。

加圧するとクロム(Cr)の電子が一つ4価の鉛(Pb)に移ることで,クロムの価数が3から4価に変化し,酸素をより強く引きつけるようになる。このため,ペロブスカイト構造の骨格をつくるクロム(Cr)-酸素(O)の結合が縮み,約10%もの体積収縮が起こる。また、絶縁体から金属への転移が起こる。

同様の圧力印加による電荷の移動と約3%の体積収縮は,BiNiO3(ビスマス・ニッケル酸化物)でも観察されている。ビスマス(Bi)の一部をランタン(La)で置換したBi1-xLaxNiO3,あるいはニッケル(Ni)を鉄(Fe)で置換したBiNi1-xFexO3は,昇温で体積が収縮する,負の熱膨張材料である。

BiNiO3の体積収縮が約3%であるのに対し,PbCrO3の圧力下での体積収縮は約10%にも達するので,同様の元素置換を行なうことにより,BiNiO3以上の巨大な負熱膨張をしめす材料を開発できると期待される。

大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B2での放射光X線粉末回折実験と,BL22XUでの放射光X線全散乱データPDF解析,BL47XUでの硬X線光電子分光測定により,Pb2+とPb4+が存在し,それらが乱雑に配列していることが分かった。鉛イオンが整然と配列していないことは,走査透過電子顕微鏡観察(HAADF-STEM)でも確かめた。

また,BL14B1での圧力下X線解析実験で格子定数の変化を観察し,圧力下では約10%の体積収縮が起きることを確認した。また,この圧力で絶縁体から金属への転移が起こるため,高圧相はPb2+Cr4+O3であると考えられるとしている。

今回そのメカニズムを解明したPbCrO3では,圧力印加により10%もの巨大な体積収縮が観察されることから,研究を進め,同様の性質を持つBiNiO3(ビスマス・ニッケル酸化物)で行なわれたのと同様の元素置換を施すことで,超巨大負熱膨張材料が開発できるとの期待が持たれるという。

負の熱膨張材料は,精密光学部品や精密機械部品など,精密な位置決めが要求される場面で,熱膨張による位置決めのずれを抑制するのに使えると考えられており,今回の発見は,こうした材料開発の進展につながるものと注目される。

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