日本電信電話(NTT)は,位相共役変換を用いた新規光回路によって,大容量光信号伝送時の伝送距離を制限する波形歪みを簡便に補償して伝送距離を大幅に長距離化できる技術を開発,世界で初めて原理実証実験に成功した(ニュースリリース)。
近年,光の波の性質(位相,偏波)を積極的に活用することで,より効率的な光伝送を実現するデジタルコヒーレントの技術開発が進展し,現在では,1波長あたり100Gb/sの容量を100波長程度用いて長距離伝送する大容量光通信システムが実用化され,更なる大容量化が進んでいる。
デジタルコヒーレント技術は,光ファイバー伝送後の波形歪みを電気デジタル信号処理により補償して,長距離伝送を実現している。今後,信号伝送速度のさらなる大容量化を進めると,それに伴って高いSN比(信号対雑音比)が必要となり,より高い光パワーで光ファイバーに送信する必要がある。しかし,高い光送信パワーでは非線形歪みが顕在化し,伝送距離を制限する要因になっていた。
デジタルコヒーレント技術では,非線形歪み補償もある範囲で実現可能だが,補償性能を向上すると信号処理回路規模が増大するトレードオフがある。今後の信号速度の高速化や波長チャネル数の多チャネル化にむけては,デジタルコヒーレント技術における信号処理の負荷低減を図りながら,その潜在能力を極限まで引き出し,高い光送信パワーでの伝送を実現する技術が求められていた。
一方,電気的なデジタル信号処理を用いずに非線形歪みを補償する手段として,以前から検討されていた方法の一つに,位相共役変換により時間反転波を生成する方法がある。これは,光ファイバーの伝送中に受けた波形歪みを,動画の逆再生のような原理で回復させる技術。光ファイバ伝送路の中間地点で位相共役変換を行なうことで,伝送路の前半で受けた波形歪みを伝送路の後半で修復できる。
これによって,従来よりも強い光信号を光ファイバーで伝送することができ,SN比を向上させることが可能になる。さらに複数の波長チャネルを1つの位相共役変換器で一括して信号処理できる可能性があり,信号処理量の大幅な削減が期待されている。
しかしながら,従来の位相共役変換では変換の際に,異なる信号チャネル(波長)に光信号が移動してしまう性質によって2倍の信号チャネルを占有し,光ファイバで伝送可能なチャネル帯域が,従来の半分以下に減少してしまう課題があった。
今回,NTTは,位相共役変換器として,低雑音かつ世界最高水準の高効率での位相共役変換を実現できる周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:periodically poled lithium niobate)導波路デバイスを実現し,これを用いて波長チャネルを無駄に占有することなく位相共役変換が可能な新規回路構成を実現することで,光ファイバの大容量性を損なわずに波形歪みを補償できる位相共役変換器を開発した。
実際に,チャネル容量40Gb/sのQPSK信号を,開発した位相共役変換器を用いて光信号波形の歪みを修復させた伝送を行ない,位相共役変換器を用いない場合に比べ,高い光送信パワーで送信した際の波形歪みを最大半減させることに成功した。このとき,光送受信回路の信号処理に関しては,非線形歪みを補償するデジタル信号処理を用いず,さらに波長分散による歪みを補償するためのデジタル信号処理を従来の1.5%以下に低減できることを実証した。
位相共役変換による信号波形の歪み補償方法は,信号チャネル毎の補償が必要なデジタル信号処理を用いる方法とは異なり,複数の波長(約100チャネル程度)を一括で処理することが可能であることから,今回の案技術が,デジタルコヒーレント技術との親和性を保ちながら,デジタル信号処理量を少なくとも1/10以下程度に低減できる可能性を示したとしている。
NTTでは光の波としての性質を駆使する位相共役技術を更に発展させ,デジタルコヒーレント技術との連携による低コスト化・低消費電力化に取り組むことで,さらなるブロードバンドサービスの進展を支える将来の大容量・長距離バックボーンネットワークの実現に貢献していくとしている。
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