東大ら,X線と中性子線でセルロース分解酵素の構造解析に成功

東京大学は,茨城大学,宇宙航空研究開発機構(JAXA),琉球大学,コンフォーカルサイエンス,丸和栄養食品,兵庫県立大学,茨城県との共同研究で,大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)内にある茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)を用いて,きのこが生産する酵素セルラーゼ(PcCel45A)の中性子を用いた構造解析に成功した(ニュースリリース)。

物体の主成分であるセルロースは様々な微生物が出す酵素「セルラーゼ」によって常温・常圧で分解され,栄養源として利用されており,そのメカニズムの解明が,セルロース系バイオマスから液体燃料やプラスチックを生産するカギとして注目されている。

PcCel45Aは,東京大学の研究グループがきのこの一種のゲノム配列から発見した。しかし,この酵素を構成すアミノ酸の配列に,セルロースの分解反応を行なうために必要と考えられていたアミノ酸の一つが見当たらないことが分かった。

そこでJAXAの保有する高品質タンパク質結晶化技術を活用してこの酵素の高品質結晶を作製し,大強度陽子加速器施設(J-PARC)の茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)による中性子回折実験を行なった。

通常,タンパク質の構造を明らかにするためにはX線が用いられるが,X線では水素(H)を見ることが難しく,水(H2O)や水酸基(−OH),水素結合などの情報を得られない。そこでX線による構造解析結果と中性子構造解析結果を組み合わせて水素の場所を決め,セルラーゼのように「水」を反応に使う酵素の解析に用いることを試みた。

X線と比べて中性子は回折強度が非常に低く,X線回折実験に使うタンパク質の結晶の1,000倍もの大きさの結晶を準備する必要があったため,東京大学はPcCel45Aの超巨大結晶を作製し,iBIXを用いて酵素の中性子構造を1.5Åの解像度で明らかにした。

その結果,この酵素では反応を行なうと考えられるアミノ酸(92番目のアスパラギン)が,通常の「アミド型」ではなく「イミド酸型」に互変異を起こしていた。両者の違いは水素の付き方だけなので,X線による構造解析でこの違いを判別することは難しいが,中性子構造解析では明らかな違いとして観察できる。

しかし「イミド酸」は一般的には不安定な構造であり,どのようにして構造が安定化されているのかを調べたところ,105番目のアスパラギンも同じように「イミド酸」になっており,しかも二つのイミド酸に挟まれた部分のペプチド結合(-C(=O)-NH-)も全てイミド酸型(-C(-OH)=N-)になっていた。これまでもタンパク質のペプチド結合は二重結合になり得る(互変異性がある)と言われていたが,このようにイミド酸型で安定化していることは珍しく,直接的に証明されたのは世界で初めて。

さらに,この互変異の連鎖を辿っていくと,105番目のアスパラギン以降は通常のアミノ酸側鎖を介した水素結合となり,最終的に水素結合のネットワークはこの酵素が反応を行なうために必要なもう一つのアミノ酸(114番目のアスパラギン酸)まで繋がっていることが明らかとなった。セルラーゼの反応には,これまでに二種類(立体保持型と立体反転型)があることが知られていたが,立体反転型の酵素がどのように酵素反応を繰り返すのかは不明だった。

今回の実験結果から,PcCel45Aは92番目のアスパラギン(イミド酸型)と114番目のアスパラギン酸の間で双方向の水素の玉突きを起こす,つまり「かちかち玉」(英語では「ニュートンのゆりかご(Newton’s cradle)」)のような反応機構で,反応を繰り返すと考えられる。

今回の結果は,身近なセルラーゼがどのように反応するのかを詳細に解明したもの。全てのタンパク質がペプチド結合を持つことを考えると,他にも様々なタンパク質でこのような「互変異の連鎖」が起こっている可能性がある。これまでも,コンピュータを用いてタンパク質の機能を改変する研究や医薬品をデザインする研究が盛んに行なわれてきたが,「互変異の連鎖」は考慮されていなかった。今後はこれを考慮することで,研究手法の精度向上につながるとしている。

この研究により,タンパク質工学研究や創薬研究に大きな影響を及ぼすタンパク質の多彩さ・巧妙さを解明するためにはX線結晶構造解析に加えて水素原子の情報が得られる中性子構造解析が必要であることが明らかになった。今後,タンパク質の多彩さ・巧妙さを解明し,タンパク質化学の発展に寄与することが期待できるとしている。

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