東大ら,自然界に無い粒子「エニオン」と相転移現象の関係を発見

東京工業大学と東京大学の研究グループは,キタエフ(Kitaev)模型と呼ばれる理論模型に対して量子モンテカルロ法による大規模な数値計算を行なうことにより,低温のカイラルスピン液体と高温の常磁性状態との間に,ある温度で相転移が存在することを明らかにした。またカイラルスピン液体中に存在する特殊な粒子であるエニオンの統計性の変化に呼応して,相転移の性質も大きく変化することを発見した(ニュースリリース)。

多くの物質は低温においてはその構成粒子が整然と並んだ固体になるが,温度を上げていくとバラバラになり,液体を経て気体へと変化を遂げる。磁性体でも同様に,電子の持つ小さな磁石であるスピンの向きが秩序立って整列した強磁性体などの磁気秩序状態から温度を上げていくと,スピンの向きがバラバラな常磁性状態となる。

この常磁性状態は時間反転対称性 を持っているが,低温の磁気秩序状態では,時間反転対称性が自発的に破れている。すなわち従来の磁性体では,時間反転対称性の自発的な破れには磁気秩序が伴うというのが常識だった。

しかし,分数量子ホール効果でノーベル賞を受賞したロバート・ラフリンらは1987年に,時間反転対称性が破れているにも関わらず,磁気秩序を伴わない奇妙な量子状態としてカイラルスピン液体を提唱した。この状態中のスピンはその向きがバラバラであるにもかかわらず互いに強く影響を及ぼし合っているドロドロした液体的な状態にある。

一方で,常磁性状態はスピン同士が影響しあわずにバラバラになっているスピンの気体であり,カイラルスピン液体とは本質的に異なる状態である。さらに,このカイラルスピン液体の中にはエニオンと呼ばれる特殊な粒子が潜んでいることが指摘された。

自然界に存在する粒子はすべて,その統計性によってフェルミオンかボソンのどちらかに分類されるが,エニオンはそれらとは全く異なる統計性を持つ特殊な粒子。このエニオンを用いれば,エラーを起こしづらいとされるトポロジカル量子計算を用いた量子コンピュータが可能となるという指摘がなされており,多くの研究者の興味を集めている。

しかし,これまでにカイラルスピン液体の絶対零度の性質に関して多くの研究がなされてきたが,応用面でも重要となる温度を上げたときの性質に関しては謎のままだった。特に,カイラルスピン液体の相転移は通常の磁性体の相転移と同じものなのか,それとも水が水蒸気に変わるときのような気体・液体転移と同じものなのかは興味深い問題として残されていた。

研究グループは,Kitaev 模型と呼ばれる理論模型に対して量子モンテカルロ法を用いた大規模な数値計算を行なうことで,温度を上昇させたときのカイラルスピン液体の性質を調べた。その結果,カイラルスピン液体状態が温度による熱揺らぎに対して安定に存在することを見出した。また,ある臨界温度で相転移を起こし,温の常磁性状態へ変化する様子も明らかにした。この相転移温度の前後でスピンの向きは整列しないにもかかわらず,時間反転対称性が自発的に破れることになる。

このようなカイラルスピン液体状態を記述するKitaev 模型という理論模型には興味深い特徴がある。エニオンには可換エニオンと非可換エニオンという2種類の統計性が異なるものが存在するが,スピン間の相互作用の強さを変えることで,カイラルスピン液体の中に存在するエニオンの統計性を変化させることができる。

このエニオンの性質の変化がカイラルスピン液体の性質にどのような影響を与えるかを明らかにするため,特に相転移の性質を詳しく調べた。その結果,エニオンの統計性の変化に伴って,カイラルスピン液体と常磁性の間の相転移の性質も大きく変化することがわかった。

可換エニオンを持つカイラルスピン液体の場合は通常の磁性体における強磁性から常磁性への相転移と類似した連続的な変化(二次の相転移)になる。一方で,非可換エニオンを持つカイラルスピン液体の場合は、水から水蒸気へ変化する際に起こる気体・液体相転移と類似した不連続な変化(一次の相転移)になることを見出した。

このようなエニオンの統計性の変化は,相転移の性質以外にも現れる。特に非可換エニオンを持つカイラルスピン液体には新奇な効果が期待される。今回の研究では温度勾配がある場合に,温度勾配の方向と垂直方向に熱の流れが発生する現象である熱ホール効果を計算し,相転移温度以下でこの効果が生じることを見出した。一方で,可換エニオンを持つ場合には熱ホール効果は生じないことも示した。

今回,非可換エニオンを持つカイラルスピン液体が絶対零度以外でも安定して存在することを明らかにしたことで,非可換エニオンを演算要素として用いるトポロジカル量子計算への応用が期待される。また,この状態における熱ホール効果の振る舞いを明らかにしたことで,今後の実験研究が活性化することが期待されるとしている。

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