岡山大学と理化学研究所は,“光吸収メタマテリアル”と呼ばれる人工光学材料を開発。その表面に吸着した有機分子を,アト(10-18)モルレベルの高い感度で赤外分光計測できる技術を世界で初めて開発した(ニュースリリース)。
赤外光領域で吸収スペクトルを調べることで,どこにどんな物質が,どのような環境にあるかを同定することができる。そのため,赤外光のスペクトルを高精度に計測する分光計測技術は,物質科学,環境計測,医療・創薬への応用展開が期待されているが,赤外光領域には熱に起因するノイズも多く,そのままの手法では信号の弱い極微量試料の測定が困難だった。
赤外分光法の感度を向上させる工夫として,nmオーダーの凹凸構造を持つ金属表面に,検出対象となる分子を吸着させてからスペクトルを計測する「表面増強赤外吸収分光法」が提案されている。この方法では,金属ナノ構造の近くに発生する強い光電場によって,分子からの信号を数桁程度増強でき,ピコからフェムトモルレベル程度の感度が報告されている。
しかし,この方法では,試料表面の凹凸構造やその化学的な状態によって信号の増強度が大きく変化するため,定性的な評価はできても,定量評価には利用できないといった課題があった。
さらに,そもそも明るい背景光の中から分子の光吸収に起因するわずかな光強度の低下を検出する手法のため,測定法として本質的に難しい手法であり,これまでの研究では,金属ナノ構造を工夫して,大きな信号増強効果をいかに再現性よく作り出すかといった点に注力されてきた。
今回,研究グループは,光吸収メタマテリアルと呼ばれる人工光学材料を開発し,その表面に吸着した有機分子を,アトモルレベルの高い感度で赤外分光計測できる技術を開発した。メタマテリアルでは,光共振器の特性をうまく設計することで,天然物質では実現できないような光応答を人工的に作り出すことができる。
従来の手法では,ノイズの原因となる明るい背景光の中から分子のわずかな光吸収を検出していたのに対して,今回の手法では,メタマテリアルが作り出す暗闇を利用して背景光を抑えるとともに,本来は吸収(暗くなる)として現れる分子からの信号を疑似的な発光として検出することで,高いSN(信号雑音)比の高感度な計測に成功した。
今回,研究グループはまず,高感度な光計測において有利な環境である暗闇を作り出すために,入った光をどこにも逃さず吸収する”光吸収メタマテリアル”を開発した。光の吸収量を増やすことは,さまざまな光応用において重要となる。
ところが,光をよく吸収しうる物質ほど,光をよく反射するという物理法則があるために,完全な光吸収,すなわち真に暗い状態を天然の物質で実現するのは容易ではない。例えば,金や銀などの金属材料は,光学材料としての特性的に光をよく吸収しうる物質だが,その金属光沢に見られるように,実際には照射された光をほぼ100%反射してあまり吸収しない。
これに対して研究グループは,平らな金表面に赤外光に応答する微小な光共振器を配列することで,反射光を人工的に抑制し,赤外光を高い効率で吸収できる光吸収メタマテリアルを設計・作製した。
メタマテリアルの作製には,電子ビーム蒸着法と光リソグラフィ法を用い,幅1.5ミクロン,周期3ミクロンの金とフッ化マグネシウムの積層リボン構造が,26ミリ四方に1次元配列したメタマテリアルを実現した。光共振器である表面の積層リボン構造は,有機化合物や生体分子に多く含まれる炭素—水素間結合(CH結合)の赤外スペクトルを高感度に検出するため,周波数3000cm-1付近の赤外光を吸収し暗闇を作り出すように設計した。
今回開発した手法では,光吸収メタマテリアルが作り出す暗い背景の中に,分子の光吸収が明るく輝く光信号として現れる。暗い夜空に輝く星のように赤外スペクトルを高いSN比で高感度に取得することができる。
実験により検出感度を見積もったところ,約1.8アトモルレベルの高感度な計測が達成できていることがわかった。今後,メタマテリアル構造を最適化して背景光をさらに抑えることで,これまで不可能であったゼプトモルレベルの高感度計測の実現が期待できる。
またこの手法は,分子を吸着させる基板を工夫するだけで,従来と比較して飛躍的な高感度化が実現できる技術であり,計測装置そのものは既存の分光光度計をそのまま改造無しで利用できる点も特徴の1つ。
今後,多種多様な分子を検出できるマルチチャネル化を含め,高付加価値・使い捨て赤外分光センサチップとして開発が進めば,温室効果ガスや有害ガスを計測する環境モニタリングや特定疾患と因果関係がある呼気中のガス成分を分析する呼気診断などに貢献することが期待される。
また,今回開発した光吸収メタマテリアルは,赤外分光法に限らず,他の光計測技術における邪魔な光の除去にも応用可能であり,さまざまな光学機器の高性能化に広く貢献できるという。
これまでのメタマテリアル研究では,金属構造による吸収損失が,実用的なデバイス応用進める上で大きな課題となっていた。今回の研究成果は,その吸収損失を逆に上手く利用しており,今後のメタマテリアル研究の発展に重要なマイルストーンになるものだとしている。
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