産総研ら,レーザの発熱を利用するナノロボットを開発

産業技術総合研究所(産総研)は,大阪府立大学と協力して,光によって発熱できるカーボンナノチューブ(CNT)と特定の温度で内包分子を放出する温度感受性リポソームを組み合わせて,線虫Caenorhabditis elegans体内の細胞機能を制御できる分子複合体(ナノロボット)を開発した(ニュースリリース)。

産総研では,近赤外レーザ光により容易に発熱するナノカーボン材料の特性(光発熱特性)に注目し,これまでに,体の中で発電できる光熱発電素子,生体内で標的とする生理活性物質を生み出す遺伝子発現制御技術,生体機能を模倣した新しい分子伝送システム,生きた細胞を光エネルギーで制御する技術などを開発している。

今回,CNTとリポソームを分子レベルで組み合わせ,細胞機能を制御できる分子複合体の開発に取り組んだ。

CNTは,そのまま水中に分散させようとすると,強い分子間の相互作用により束状や粒状に凝集する。この研究では,CNTの光発熱特性を最大限に利用し,かつ,リポソームと組み合わせて分子複合体を作製するために,アビジン,ポリエチレングリコール(PEG),リン脂質(PL)からなる分子(アビジン-PEG-PL)を単層CNT(SWCNT)の表面にコーティングし,水中へ分散させた。

一方,リポソームには,温度感受性(42 ℃付近で構造変化)を与えるため,各種リン脂質とコレステロールの配合量を調整のうえ,アビジンと強く結合できるビオチンを表面に結合させた。

そして,アビジンとビオチンの結合を利用した自己組織化により,CNTとリポソームからなる分子複合体を作製した。この分子複合体はナノスケールのロボットに例えられる「ナノロボット」に相当し,近赤外領域の光エネルギーを与えると内包している分子(薬物など)を放出し,この薬物により細胞機能を制御できる。

線虫に,ナトリウムチャネル阻害剤のアミロライドを内包したCNTとリポソームの複合分子体であるナノロボットを注入し,近赤外レーザ光(波長808 nm)をアミロライド感受性のナトリウムチャネルが存在する尾部に照射したところ,線虫は動きを完全に止めた。

次に,ヒト子宮頸部類上皮がん細胞(HeLa細胞)と線虫を用いて,ナノロボットの細胞毒性と生体適合性を評価したところ,いずれの検査でもナノロボットとリポソームが与える影響は極めて少なかった。

なお,CNTを単体で線虫体内に投与した場合には,線虫生存率が60%となったが,これは線虫体内でCNTが異物とみなされる通常の生体応答と考えられ,CNTの表面に結合したリポソームが生体適合性をさらに向上させることが明らかとなった。

研究グループは今後,この技術を応用して,生体組織のごく限られた領域だけに存在する細胞機能を個々に調べることで、がんや免疫疾患などの分子・細胞レベルでの病態解明につながる研究用ツールを開発したいとしている。

一方で,生体内におけるナノ物質の健康面への影響は不明瞭な点もあるため,CNTを用いて作製する様々な物質の細胞毒性評価や生体適合性評価を進めて,生体内で安心・安全に利用できる材料やシステムの開発を目指す。

関連記事「東北大、ウイルス由来のペプチドでナノロボットを作成