国立環境研究所(NIES)は,電力中央研究所,中央農業総合研究センター,岡山大学と共同で光化学オキシダントの主要成分であるオゾンによるイネの収量減少機構について調べた。その結果,オゾンにより穂の枝分かれを制御する遺伝子の機能が低下することで,枝分かれの数が減少し,これが収量低下を引き起こしていること,さらに,この遺伝子の機能低下の過程には,葉の可視障害軽減に働く植物ホルモン(ジャスモン酸やアブシジン酸)が関与していることが示された(ニュースリリース)。
オゾンは光化学オキシダントの主要成分であり,東アジアを中心に年々増加している。オゾンの増加により中国の穀物生産は2020年には最大で40%減少するとの予測がある。オゾンは植物の葉の表面にある気孔を介して取り込まれ,葉に白色や茶褐色の可視障害をもたらす。オゾンはこの過程で植物の光合成に重要なクロロフィルの働きを阻害するなどして,植物の光合成能力を低下させ,森林の衰退や作物の収量低下を引き起こしていると考えられている。
一方で先行研究からイネの葉の可視障害の程度と収量低下とが必ずしも一致しないため,オゾンによるイネの収量低下には,可視障害による光合成能力の低下とは異なる未知の機構があると予想されていた。
そこで,研究ではオゾンに対して異なる応答を示すイネ品種,ササニシキ(ジャポニカ型イネ,オゾンによる収量の変化なし)とハバタキ(インディカ型イネ,オゾンにより収量低下)を用いて,遺伝学的解析,分子生物学的解析及び生理学的解析を行なった。
その結果,従来から提唱されてきた,オゾンによる葉の可視障害に伴う光合成の低下とは異なる,新規なイネ収量低下機構が存在することを明らかにすることが出来た。
栄養成長期のハバタキではオゾンに曝露されると,葉でジャスモン酸やアブシジン酸が合成される。これらの植物ホルモンの働きにより葉の可視障害が軽減される。しかし,これらの植物ホルモンは生殖成長期になると幼穂に転流され,そこでAPO1遺伝子の働きを抑制させる。これにより,穂の枝分かれが減少し,花(籾)の数の減少を経て収量の減少が起きていると考えられるという。
研究グループは今後,幼穂におけるAPO1遺伝子の転写量がオゾンの有無にかかわらず,高いレベルを維持できるような仕組みを解明することにより,オゾンによる収量影響を受けないインディカ系統のイネの作出に,寄与することが出来ると考えらている。
しかしながら,オゾンによるイネの収量低下の原因は他にも考えられ,例えば別の品種では,オゾンにより花粉稔性が低下することにより,収量が落ちる現象が見つかっている。したがって,研究で見つかった遺伝子以外にも,オゾンによるイネの収量低下に関わる遺伝子がいくつかあると考えられるため,さらに研究を推進する必要があるとしている。
関連記事「岩崎電気と山口大ら,イネの生育を阻害しないLED照明器具を開発」「新潟大,イネ種子の澱粉代謝で重要なα-アミラーゼの立体構造を解明」